争訟法務最前線

第79回(『地方自治職員研修』2013年7月号掲載分)

建築主が依頼した一級建築士により構造計算書に偽装が行われ、それに気づかずに建築主事が建築確認をした場合、建築主との関係でも地方公共団体が損害賠償義務を負うことがある。

弁護士 羽根一成

今月の判例

建築主が依頼した一級建築士により構造計算書に偽装が行われ、それに気づかずに建築主事が建築確認をした場合、建築主との関係でも地方公共団体が損害賠償義務を負うことがある。(最高裁平成25年3月26日判決)

建築確認

ご承知のとおり、建物を建築するには、その計画が建築基準関係規定に適合することについてあらかじめ建築主事の確認を受けなければなりません。建築主は、建築士に依頼して建築計画を設計し、建築確認を申請する(実務上は、申請代理も建築士に依頼する)ことになりますが、本件は、建築主が依頼した一級建築士により構造計算書に偽装が行われ、それに気づかずに建築主事が建築確認をしたことについて、建築主が、地方公共団体に対して改修工事費用等の損害賠償(国賠法1条1項)を請求したという事案です。

建築確認を申請したのは建築主であり、構造計算書を偽装したのも建築主が依頼した一級建築士ですから、地方公共団体の立場からすれば、一級建築士に対する損害賠償請求(民法709条)で解決すべきであり、当の建築主が、建築主事のミスをあげつらって地方公共団体に損害賠償を請求するなどというのはお門違いも甚だしいように思われ、原判決(大阪高裁平成22年7月30日判決)も、「建築主にとって建築確認が適正に行われることの利益を建築確認制度における保護の対象とみることはできず、建築主が建築主事の注意義務違反を根拠として国家賠償法に基づき府に損害賠償を求める余地はない」としていました。

これに対して、本判決は、「個別の国民である建築主が同法(注:国賠法)1条にいう国民に含まれず、その建築する建物に係る建築主の利益が同法における保護の対象とならないとは解し難い。建築確認制度の目的には、建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを通じて得られる個別の国民の利益の保護が含まれており、建築主の利益の保護もこれに含まれているといえるのであって、建築主の設計に係る建築物の計画について確認をする建築主事は、その申請をする建築主との関係でも、違法な建築物の出現を防止すべく一定の職務上の法的義務を負う」とし、ただ、事案によっては、建築主による建築確認の違法の主張が信義則に反する場合があるとしています。

今後は、建築物の除却、改築など(建基法9条)を命じようとする場合に建築主から損害賠償を請求される可能性を検討する必要があり、さらに、本判決が他の許認可に応用される可能性もあるでしょう。

職務上の法的義務の内容

それでは、建築主事は、建築確認に際しどの程度の注意義務を負うのか。この点について、本判決は、「建築主事による当該計画に係る建築確認は、例えば、当該計画の内容が建築基準関係規定に明示的に定められた要件に適合しないものであるときに、申請書類の記載事項における誤りが明らかで、当該事項の審査を担当する者として他の記載内容や資料と符合するか否かを当然に照合すべきであったにもかかわらずその照合がなされなかったなど、建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書類の記載を確認していればその記載から当該計画の建築基準関係規定への不適合を発見することができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過した結果当該計画につき建築確認を行ったと認められる場合に、国家賠償法1条1項の適用上違法となる」とし、建築主事に多くを要求しないことでバランスをはかっています。

もっとも、第三者(近隣住民等)との関係でも同様といえるのかどうかは、「過失」とは何か、「違法」とは何かという理論上の問題と関連して議論がありそうであり、近隣住民からの損害賠償請求の事案では、より厳しい注意義務が建築主事に要求されることも考えられます。