争訟法務最前線

第86回(『地方自治職員研修』2014年2月号掲載分)

地下水保全条例で井戸の設置を禁止することは、それが全面禁止であれば憲法29条2項に違反する疑いが強いが、原則禁止であれば違反しない。

弁護士 羽根一成

今月の判例

地下水保全条例で井戸の設置を禁止することは、それが全面禁止であれば憲法29条2項に違反する疑いが強いが、原則禁止であれば違反しない。(横浜地方裁判所小田原支部平成25年9月13日判決)

地下水を採取する権利

所有権は、使用・収益・処分のすべてに及ぶとされ(民法206条)、土地所有権は、地表だけではなくその上下にも及ぶとされています(民法207条)。したがって、土地所有者は、本来、所有地の地中に自然の状態で存在し、誰の所有にも属しない地下水を自由に採取することができます。

それを禁止するということは、憲法29条で保障された財産権を制約するということであり、許されるのか(憲法29条2項・13条「公共の福祉」)、さらに、禁止の根拠が法律ではなく専ら条例である場合は、条例で財産権を制約することが許されるのか(憲法29条2項「法律でこれを定める」、94条「法律の範囲内」)という二つの問題が生じることになります。

財産権の制約

最高裁は、財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべきものであるとしています(最高裁平成14年2月13日判決)。

本判決は、これを地下水保全条例(本件条例)に当てはめて、井戸水の設置を禁止する目的は地下水の水量保全であり、正当であるが、それは、井戸の構造を制限することにより達成することができるから(工業用水法、建築物用地下水の採取の規制に関する法律参照)、井戸の設置の全面禁止は、財産権を必要以上に制限するものとして憲法29条2項に違反する疑いが強いところ、本件条例は、「規則で定める理由により市長の許可を受けたとき」には例外的に井戸の設置を認めており、本件条例施行規則の定め、井戸設置許可申請書の記載事項などを見ると、取水量を制限すれば水量保全の目的を達成することができる場合にまで禁止する趣旨ではないと解される。したがって、本件条例は、水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としていると解されるから、その目的に照らし、規制手段が必要性及び合理性に欠けるということはできないとしました。

条例による財産権の制約

一方、条例による財産権の制約については、最高裁は、溜め池の破損・決壊の原因となるような提塘の使用は「憲法、民法の保障する財産権行使の埒外」であるから、これを条例で禁止することは、憲法・法律に抵触・逸脱しないし、同じ事項を既に規定している法令は存在していないから、これを条例で定めたからといって違憲・違法ではないとしています(最高裁昭和38年6月26日判決・奈良県溜め池条例事件)。

古い判例であり、今となっては理解困難なところもありますが、警察目的規制であれば、最高裁昭和50年9月10日判決(徳島市公安条例事件)の基準に沿う限り、条例で財産権を制約することはできるが、「憲法29条2条にいう『法律』には(準法律性を持つ)条例も含まれるから合憲だ、といっているわけでもない」(『憲法判例百選Ⅰ』107事件)ことからするならば、政策目的から条例で財産権を制約することは困難があるといっていると読まざるを得ないと思います。本判決が、「県営水道からの受水回避という目的」(政策目的規制)であることを否定している点は参考になります。

地下水使用と下水道使用料

ところで、近時、井戸の設置に伴う下水道の使用開始の届出漏れに起因する下水道使用料の徴収漏れが多数判明したものの、住民監査請求・住民訴訟、議会への諮問を要する審査請求(地方自治法231条の3第5項以下)、債権の消滅時効と徴収権の消滅の問題など、対応に苦慮している地方公共団体が少なくないようです。