争訟法務最前線

第57回(『地方自治職員研修』2011年9月号掲載分)

居宅介護サービス費等の返還は不当利得返還の特則

弁護士 羽根一成

今月の判例

1 老人福祉施設の譲渡先公募における提案について決定に至らなかった旨の通知は、抗告訴訟の対象となる処分には当たらない(最高裁平成23年6月14日判決)

2 市立小中学校の教諭の時間外勤務は自主的に従事していたものであり、校長に安全配慮義務違反はないとされた事例(最高裁平成23年7月12日判決)

3 不正の手段によって指定を受けた事業者に対して、介護保険法22条3項に基づいて、居宅介護サービス費等の返還を請求することはできないとされた事例(最高裁平成23年7月23日判決)

契約の申込みとその承諾(判例1)

契約は、当事者間の意思の合致、すなわち契約の申込みとその承諾によって成立します(民法521条以下)。地方公共団体における契約の場合は、相手方の選定方法について、入札(一般・指名)、随意契約(特命・見積合わせ・コンペ)といった規定(地方自治法234条)がありますが、契約である以上、申込みと承諾により成立することに変わりはありません。例えば、入札の場合は、応札が契約の申込み、落札者の決定(の通知)が承諾に当たり、最初の手続である入札の公告は申込みの誘引に当たると考えられます。

老人福祉施設の譲渡先公募というのは、コンペに類似する随意契約(地方自治法施行令167条の2第1項2号)であり、提案について決定に至らなかった旨の通知は、契約の申込みに対する不承諾であって、公権力の行使に当たると解するのは困難でしょう。最高裁も、「契約の相手方となる事業者を選考するための手法として法令の定めに基づかずに行った事業者の募集に応募した者に対し、その者を契約の相手方として当該契約を締結しないこととした事実を告知するものにすぎ」ないとしました。

教諭の時間外勤務(判例2)

最高裁は、市立小中学校教諭の時間外勤務は「時間外勤務命令に基づくものではなく、被上告人等は強制によらず各自が職務の性質や状況に応じて自主的に上記事務等に従事していたものというべきであるし、その中には自宅を含め勤務校以外の場所で行っていたものも少なくない。」とし、教諭の職務は過重であり、事実上、時間外勤務を強制されていることを否定しています。

これは、形式上、校長が時間外勤務命令を発していないというだけではなく、地方公務員は、「職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念」し、「勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い」なければならないところ(地方公務員法30条、35条)、市立小中学校の教諭に対しては、給特法及び給特条例が定める4項目以外に校長が時間外勤務を命ずることはなく、教育の性質上、教諭の職務内容(どのような授業をするのか、正規勤務時間にどのような作業をするのか)に対して、校長が介入することもなく、相当程度教諭の裁量に委ねられていることを勘案した結果のように思います。

居宅介護サービス費等の返還請求(判例3)

介護保険法22条3項は、「市町村は・・・指定居宅サービス事業者・・・が偽りその他不正の行為により・・・支払を受けたときは、当該指定居宅サービス事業者等から、その支払った額につき返還させるべき額を徴収するほか、その返還させるべき額に百分の四十を乗じて得た額を徴収することができる。」と定めています。

文言上は「徴収」とされていますが、最高裁は、「不当利得返還義務についての特則を設けたもの」であるとし、「指定当初からの瑕疵の存在を理由とする大阪府知事による本件各指定の取り消しはされて」いないことから、「法律上の原因なく」(民法703条)ということはできないとしました。

ということは、逆に、知事が指定を取り消し、指定が遡及的に無効ということになれば、たとえ居宅サービスは適正に実施されていたとしても、不当利得として返還を求めなければならないことになりそうです。