争訟法務最前線

第72回(『地方自治職員研修』2012年12月号掲載分)

住民訴訟の対象となっている権利を放棄する議決の要件に関する検討

弁護士 羽根一成

今月の判例

住民訴訟の対象となっている権利を放棄する議決の要件に関する検討(大阪高裁平成24年9月27日判決)

権利放棄の議決の有効要件

最高裁平成24年4月20日判決は、住民訴訟(4号請求)の対象となっている損害賠償請求権、不当利得返還請求権を放棄することはできるとしましたが、「個々の事案ごとに、A当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、B当該議決の趣旨及び経緯、C当該請求権の放棄又は行使の影響、D住民訴訟の係属の有無及び経緯、事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して、これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又は濫用にあたると認められるときは、その議決は違法となり、当該放棄は無効」であり、財務会計行為等の性質、内容等(要件A)については「その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされる」として、一定の要件を付しています(付番号は引用者による)。

本件は、上記最高裁判決の差戻審であり、上記最高裁判決の付した要件を充足するのかどうかが審理されました。なお、事案としては、派遣法6条1項に違反して違法に、地方公共団体が公益法人等に派遣している職員(以下、派遣職員)の給与相当額の補助金を支出したというものです。

有効要件を充足するのかどうかの検討内容

本判決は、結論として、本件の権利放棄の議決(正確には、権利を放棄する条例附則の制定)の要件を充足するとしており、そのために、権利放棄の議決の趣旨及び経緯(要件B)について検討した部分を見ると、次のとおりです。

すなわち、「審議の過程において、本件補助金は派遣職員の給与等に充てられたものであること、本件各団体を含む各派遣先団体は支給を受けた補助金に対応する公益的活動を行っていること、仮に当該各派遣先団体に不当利得返還請求をした場合に現実に得られる利益と当該各派遣先団体が破綻してその公益的事業の利用者たる市民一般が被る不利益等との衡量を図る必要があること、当該各派遣先団体や矢田(引用者注:市長)には支払請求に応ずる資産がないという実態であること等が指摘され、権利の放棄の議決の有効性に関する判例等が参考として紹介され、本会議での質疑、総務財政委員会での議案及び陳情の審査、本会議での賛成及び反対の討論等を経て、同条例案(引用者注:権利放棄の議決の議案)を可決する議決がされたことが認められる。」

そうすると、「市議会での審議の過程に鑑みると、本件附則に係る議決(引用者注:権利放棄の議決)は、公益の増進に寄与する派遣先団体として住民に対する医療、スポーツ、福祉等の各種サービスの提供を行っている本件各団体について、既に本件派遣職員の給与等の人件費に充てられた本件補助金を直ちに返還することを余儀なくされるとすれば、本件各団体の財政運営に支障が生じ得るところであるので、そのような事態が生ずることを回避すべき要請も考慮してなされたものであるということができる。」

本判決から参考になること

上記最高裁判決の要件が思ったよりも厳しかったうえ、要件を充足するのかどうかについても、本判決では個別具体的に検討されています。上記最高裁判決及び本判決により、住民訴訟の対象となっている損害賠償請求権、不当利得返還請求権の放棄は、(もともと品のいいことではありませんが)相当程度限定されることになるというのが個人的な感想です。

議会においては、本判決の判示と同等の審議、そのために必要な議案(提案理由)の作成及び説明がなされるべきであり、さらに、本件では、住民から放棄を求める陳情がなされていることもうかがえます。