争訟法務最前線

第76回(『地方自治職員研修』2013年4月号掲載分)

住民訴訟の印紙代・切手代は、政務調査費に当たらない

弁護士 羽根一成

今月の判例

住民訴訟の印紙代・切手代は、政務調査費に当たらない(最高裁平成25年1月25日判決)

政務活動費

ご承知のとおり、政務調査費は、平成24年の地方自治法改正により、政務活動費に衣替えになっています。「議員の調査研究」の経費から「議員の調査研究その他の活動」の経費となり、その範囲は条例で定めることができます。もっとも、条例で定めることができるのは、あくまでも議員活動の経費であり、政党活動、選挙活動、後援会活動や私人としての活動などの経費を定めることはできません。

ちなみに、全国市議会議長会のモデル条例では、従前のものに加えて、「要請・陳情活動費」、「会議費」があげられています。

議員と住民訴訟

近時、市民派の議員を中心に、自ら原告となり住民訴訟を提起する例が見受けられますが、東京都特別区の区議会議員がその経費(A区議会の委員会の議事の録音テープの反訳代、B住民訴訟における証言、供述の反訳代、C住民訴訟の印紙代・切手代)を政務調査費から支弁したことについて、区長が、政務調査費の交付に関する条例に基づいて返還を命じたところ、その取消訴訟が提起されました。

第一審、原審は、いずれも議員の請求を認容しましたが、最高裁は、使途基準(条例を受けた規程の別表)にいう「調査研究費」とは「議員の議会活動の基礎となる調査研究及び調査の委託に要する経費をいうものであり、議員としての議会活動を離れた活動に関する経費ないし当該行為の客観的な目的や性質に照らして議員の議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性が認められない行為に関する経費は、これに該当しない」としたうえで、「住民訴訟の提起・・・及び追行は、地方議会の制度とは別個独立の自己完結的な争訟制度を通じて地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実を是正し又は予防する事を目的とし、裁判所に対し法令と証拠に基づく法的判断を求めて請求の実現を図り攻撃防御を行う司法手続上の争訟活動を内容とする行為であり、客観的にみて、議会の審議能力の強化を図るために議会の議員活動の基礎となるものとして情報や資料を収集する調査や研究とは、本来の目的や性質を異にするものである」から、「住民訴訟の提起及び追行は、その客観的な目的や性質に照らして、それ自体としては、議員の議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性が認められない」としました。

もっとも、Aテープ反訳代、B証言反訳代については、その内容にわたること(本庁舎跡地の売却問題)を議会で質問していること、成果物をホームページや広報誌に掲載していることから、議員活動の経費でもあるといえるとして議員を救済しています。

住民訴訟の経費

住民訴訟は住民として提起するものですから(地方自治法242条の2第1項)、実質的には政治活動、選挙活動の一環かもしれませんが、本来は、議員という立場を離れた一住民としての活動でしょう。政務調査費は議員の特権であり、それを一住民としての活動に流用するやり方には疑問があり、このことについて、最高裁は明確にNOと言っています。

このように考えると、条例で、政務活動費として住民訴訟の経費を定めることはできないと解されます。

返還命令

条例に違反する政務活動費は当然に返還すべき義務があり、その返還を命ずるというのは、不当利得の返還を請求しているということであり、それを争うのは債務不存在確認訴訟(実質的当事者訴訟)になるとも考えられますが、最高裁が、取消訴訟を認めていることから、政務調査費の返還命令は処分、すなわち直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものということになり、条例に違反する政務調査費は、返還命令があって初めて返還すべき義務が生ずるということになります。