争訟法務最前線

第65回(『地方自治職員研修』2012年5月号掲載分)

自治体シンクタンクの長の民間登用

弁護士 羽根一成

今月の判例

自治体シンクタンクの長の民間登用(千葉地方裁判所平成24年2月17日判決)

職員の採用方法

地方公共団体の中には、研究所(自治体シンクタンク)を設置し、情報の収集・分析、長期的・体系的な政策・行政経営の研究・立案に取り組んでいる例があるようです。本件は、このような自治体シンクタンクの設置を選挙公約としていた長が、当選後に政策推進研究室を設置し、その室長に自陣営の民間人を一般職の非常勤職員として採用したことが、選挙の論功行賞であり、実質的な「選考」を経ていないなどとして争われた事案です。

人事委員会を置かない地方公共団体における職員の採用方法には、競争試験と選考の二種がありますが(地方公務員法14条4項)、このうち競争試験は、典型的には、新卒学生などが受験するいわゆる地方公務員試験のことであり、地方公務員法では、(1)筆記試験、(2)口頭試問、身体検査、人物性行・教育程度・経歴・適性・知能・技能・一般的知識・専門的知識・適応性の判定、(3)これらの併用により行うものとされています(20条後段)。

これに対して、選考については、地方公務員法に具体的な規定がなく、広辞苑をみても、「採用などに際し、人物・才能などをくわしくしらべて考えること」とあるだけで、具体的にどのような方法をとれば実質的な選考を経たといえるのかについての参考にはなりません。

選考とは

選考も、職員の採用方法の1つである以上、能力の実証になっていなければなりませんが(地方公務員法15条)、競争試験とは別個の採用方法として規定されているのですから、競争試験に準じて筆記試験をしなければならないとか、公募によらなければならない(地方公務員法19条1項)ということはないと解されます。

例えば、資格を有する専門家を採用する場合、能力の実証は資格試験に合格していることにより概ねなされているといえ、実務上は、小論文の提出や面接により人物性行、適性、適応性などを判定することが重要になると思われます。

本判決では、残念ながら選考の意義について明らかにされていませんが、(1)しかるべき立場の職員が面接を行ったこと、(2)学歴、職歴、研究・活動実績、とくに民間シンクタンクでの研究結果を考慮していることから、能力の実証がなされなかったとは認められないとしており、選考に関する事例として、参考になると思われます。

職員の採用と住民訴訟

職員を採用すると給与を支給することになり、給与の支給は「公金の支出」(地方自治法242条1項)にほかならないことから、畢竟、住民訴訟(地方自治法242条の2)という形をとることによって、職員採用の是非を争うことができることになります。

給与の支給が問題となっている住民訴訟においては、その支給根拠(給与条例)を説明しなければなりませんが、国家公務員の非常勤職員の給与に関する「各庁の長は、常勤の職員の給与との権衡を考慮し、予算の範囲内で、給与を支給する」(一般職の職員の給与に関する法律22条2項)に準じた規定では、地方自治法203条の2第4項(非常勤職員の場合)、204条3項(常勤職員の場合)に違反するというのが判例(最高裁平成22年9月10日判決)です。同判決の後、多くの地方公共団体では、判決の趣旨に沿った給与条例の改正がされているようです。同判決には、「条例改正のために要する合理的な期間を徒過してもなお条例の改正がされず、違法な支給を継続する場合には、もはや過失がないとはいい難く、今後の司法判断において、厳しい見解が示される可能性がある」とする補足意見があり、未改正の場合、条例の規定という抗拒不能な形式的理由により、長及びその委任を受けて支出命令をした職員(課長など)が多額の損害賠償責任を負うという事態も否定できません。