争訟法務最前線

第67回(『地方自治職員研修』2012年7月号掲載分)

権利放棄の議決の可否

弁護士 羽根一成

今月の判例

住民訴訟(4号請求)の対象となっている損害賠償請求権、不当利得返還請求権を、議決により放棄することはできる。(最高裁平成24年4月20日判決(判決[1])、最高裁平成24年4月23日判決(判決[2]))

権利放棄の議決の可否

地方公共団体が住民訴訟に敗訴すると、長は「給与や退職金をはるかに凌駕する損害賠償義務」を負い、破産を余儀なくされることがあります。そのようなときの救済手段、権利放棄の議決(地方自治法96条1項10号)の可否については、鋸南町事案以来、議論のあったところですが(「地方自治職員研修」2010年3月号64頁参照)、標記のとおりに決着しました。

司法判断の枠組み

ただ、最高裁が、議決が「住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会」の判断であるからといって、無条件に権利放棄を認めているのではないということには十分留意する必要があります。

すなわち、「個々の事案ごとに、a当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、b当該議決の趣旨及び経緯、c当該請求権の放棄又は行使の影響、d住民訴訟の係属の有無及び経緯、事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して、これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは、その議決は違法となり、当該放棄は無効」であり、財務会計行為の性質、内容等(a)については、「その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされる」(記号は引用者による)。

実務対応

具体的にはまさに個々の事案によることになりますが、判決[2]に顕れているところを見ると、次のような場合には消極に解されるようです。

・ 契約交渉が折衝としての実体を有しない態様のものであった場合(a)

・ 契約締結に不法な利益を得て私利を図る目的があった場合(a)

・ 議決が第1審判決の法的判断を否定する趣旨のものである場合(b)

・ 議決が賠償責任を不当な目的で免れさせたものである場合(c)

・ 議決が主として住民訴訟制度における当該財務会計行為等の審査を回避して制度の機能を否定する目的でされた場合(d)

aについて事後対応は困難でしょうが、b~dについては議案の提案理由(地方自治法149条1号)を注意深く検討することが肝要になってくるように思います。

権利放棄と長の執行行為

最高裁は、権利放棄の形式的要件として、権利放棄の議決(議会による意思決定)とともに長の執行行為(地方自治法148条、149条9号)を要求し、権利放棄の議決が条例(の附則)による場合は、その公布で足りるとしています。

一方、それ以外の場合(最近では債権管理条例により長に委任されている場合もあります。)における長の執行行為とはどのような行為をいうのかが明らかではありません。ちなみに、権利放棄と同じこと(表裏)をいう債務免除(民法519条)は、債権者の債務者に対する一方的意思表示によってなされることになっており、意思表示の効果発生には、相手方への到達を要します(民法97条1項)。

派遣職員の給与相当額の補助

なお、判決[1]では、地方公共団体が外郭団体に派遣している職員の給与相当額の補助金を支出することは、派遣法6条1項に違反する旨が明示されています。(最高裁平成21年12月10日決定参照)