争訟法務最前線

第64回(『地方自治職員研修』2012年4月号掲載分)

日の丸、君が代予防訴訟の適法性

弁護士 羽根一成

今月の判例

日の丸、君が代予防訴訟の適法性(最高裁平成24年2月9日判決)

予防訴訟

一連の日の丸、君が代訴訟において、最高裁は、職務命令をもって、日の丸に向かって起立し君が代を斉唱すること、君が代斉唱に際しピアノ伴奏をすることを強制することは、思想良心の自由に対する間接的な制約にすぎないとして、総合的較量によりその許否を決するという手法をとっています。このことについては、「上告人らにとって譲れない一線を越える行動であり、上告人らの思想及び良心の核心を動揺させる」とする宮川光治裁判官の反対意見が説得的であるように思いますが、最高裁が総合的較量というフリーハンドを手放すことはないでしょう。

ところで、卒業式、入学式の都度、起立斉唱の拒否と懲戒処分が繰り返されることになりますが(2年もすると減給2回(合計7か月)、停職1回)、本件は、懲戒処分がされた後にその取消しを訴求するのではなく、懲戒処分がされる前にその予防を訴求するためには、いかなる訴訟類型を選択するべきかということが問題となった事案です。

処分の差止訴訟

現行行訴法を勉強したことのある方であれば、懲戒処分の差止訴訟がまず思い浮かぶと思います。差止訴訟については、訴訟要件(訴えが不適法として却下されないための要件)として、(1)一定の処分がされようとしていること(行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があること)(3条7項)、(2)重大な損害を生ずるおそれがあること(37条の4第1項本文)、(3)その損害を避けるため他に適当な方法があるときではないこと(補充性の要件)(同項但書)が、本案要件(請求が認容されるための要件)として、(4)行政庁がその処分をすべきではないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められること(37条の4第5項)、(5)裁量処分に関しては行政庁がその処分をすることがその裁量の範囲を超え又はその濫用となると認められること(37条の4第5項)が定められており、思想良心の自由の制約として許されるかという問題の他に、高いハードルが設定されています。

義務の不存在確認訴訟

次に、実質的当事者訴訟としての公法上の法律関係に関する確認の訴え(4条)、すなわち日の丸に向かって起立し君が代を斉唱する義務、君が代斉唱に際しピアノ伴奏をする義務の不存在確認訴訟が思い浮かぶと思います。確認訴訟ですから、訴訟要件として確認の利益は要求されますが、差止訴訟のような高いハードルは設定されておらず、思想良心の自由の制約として許されないと判断されるときには、請求が認容されることになります。

差止訴訟も実質的当事者訴訟も行訴法平成16年改正により新設されたものですが、予防訴訟としては、実質的当事者訴訟が活用されることになりそうです。

通達の取消訴訟

最後に、職務命令の契機となった通達(本件通達)の取消訴訟(3条2項)も考えられますが、一般に、通達は、行政機関を法的に拘束するものにすぎず、国民との関係で直接具体的な法的効果を生じるものではないことから、処分性が否定され、取消訴訟の対象となりません。本件通達についても、「行政組織の内部における上級行政機関である都教委から関係下級行政機関である都立学校の各校長に対する示達ないし命令にとどまり、それ自体によって教職員個人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえない」として、処分性は否定されました。

ただ、その理由として指摘するところをみると、仮に通達が、校長に職務命令を発することを命じ、かつ、職務命令違反に対して特定の懲戒処分をすることを内容とするものである場合は、この通達の処分性が肯定される余地はあるようです。