争訟法務最前線

第60回(『地方自治職員研修』2011年12月号掲載分)

損失補償契約の適法性

弁護士 羽根一成

今月の判例

財政援助制限法3条にいう「保証契約」とは、民法上の保証契約を意味し、損失補償契約を含むものではない。(横浜地裁平成23年10月5日判決(神奈川県・横浜市・川崎市事案))

東京高裁平成22年8月30日判決(安曇野市事案)の衝撃

平成23年8月30日に、第三セクターの借入れについて地方公共団体がした損失補償は違法であり、私法上も無効とした安曇野市(長野県)事案の東京高平成22年8月30日裁判決の反響は大きく、地方自治関係誌のみならず、金融関係誌でも様々な論考が見られました。金融機関にとっては、489件、2兆3109億円(平成18年度末現在)にのぼる第三セクターへの貸付けが無担保状態になりかねないのですから、蓋し当然のことでしょう。

本判決は、安曇野市事案の東京高裁判決の後に、下級裁判所がこれとは逆の判断をした画期的なものということができます。

自治財政権と限定解釈

安曇野市事案の東京高裁判決が、損失補償契約にも財政援助制限法3条が類推適用されるとしたのに対して、本判決は、「損失補償契約が不確定な債務を生じさせるというだけで、同条にいう保証契約であるとの拡張解釈をすることはできない」としています。

その理由として、(1)損失補償契約と保証契約とは異なるものであり、戦前から、損失補償契約と保証契約は区別されていたところ、財政援助制限法3条は、明文上、保証契約のみを禁止し、損失補償契約には言及していないのであるから、理論的には、損失補償契約は規制対象とせず、保証契約のみを規制対象としていること、(2)地方公共団体が、施策を実現するために第三セクターを設立するに際し、事業資金の全部を出資するよりも、出資は一部に止め、その余の資金は、地方公共団体が信用力を補完することによって、第三セクター自身に調達させ、第三セクター自身に返済させる方が、地方公共団体の財政負担を抑えることになり、施策実現のために必要かつ合理的であること、(3)地方自治法、地方公共団体の財政の健全化に関する法律、地方財政法附則、天災による被害農林漁業者等に対する資金の融通に関する暫定措置法、地方道路公社法、公有地の拡大の推進に関する法律の各規定や行政実例を挙げていますが、その他に、(4)住民自治、団体自治(憲法92条)、それを実現するための自治財政権(地方財政法2条2項)から、「国が地方公共団体の財政上の権能に対して規制または禁止を加える法令については、原則として、限定的な解釈をすべき」ことを挙げている点は、特徴的であるように思います。

回収不能確定時補填合意と不履行債務即時補填合意

名称は損失補償契約であるが内容は保証契約であるというのは、脱法行為というほかなく、許されないことになります。

この点について、本判決は、回収不能確定時補填合意と不履行債務即時補填合意とを区別し、後者は保証契約の実質を有するものとして、財政援助制限法3条の適用対象となる余地があり、同合意に基づいて支払われた補償金の支払いが無効とされる場合があることは否定できないとしています。

ただ、回収不能が確定するまで待って支払うよりも、債務不履行になるべく近接した時期に支払う方が、補償金(遅延損害金)の額を抑えることができ、合理的であるようには思います。

損失補償裁判の行方

本稿脱稿後に最高裁から連絡があり、安曇野市事案について、平成23年10月27日に判決がありました。主文は、住民側の訴え自体を却下するというものですが、「損失補償契約について、財政援助制限法3条の規定の類推適用によって直ちに違法、無効となると解することは・・・相当ではないというべきである。」とし、「上記損失補償契約の適法性及び有効性は、・・・当該契約に係る公益上の必要性に関する当該地方公共団体の執行機関の判断にその裁量の範囲の逸脱又は濫用があったか否かによって決せられるべきものと解するのが相当である。」とする付言があります。