争訟法務最前線

第70回(『地方自治職員研修』2012年10月号掲載分)

マンホール上を大型車両が走行する際に発生する振動被害が受忍限度を超えないとされた事例

弁護士 羽根一成

今月の判例

マンホール上を大型車両が走行する際に発生する振動被害が受忍限度を超えないとされた事例(東京高裁平成24年7月31日判決)

受忍限度

自動車を走行させること(自動車が走行する高速道路を設置すること)、新幹線を走行させること(新幹線が走行する線路を設置すること)、飛行機を離発着させること(飛行機が離発着する空港を設置すること)、これらは社会的には有用な行為ですが、時として振動、騒音被害などの生活妨害を発生することがあります。

生活妨害が発生しているときに、それが適法行為によるものであっても、不法行為上の違法性を認め、損害賠償請求や差止請求を認めるときの媒介になるのが受忍限度と呼ばれるものであり、「違法な権利侵害ないし利益侵害になるかどうかは、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、当該施設等の所在地の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合考慮して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうかによって決すべきである」とされます。

行政法規と受忍限度

ところで、生活妨害については、今日では、行政法規により何らかの規制が設けられているのが通例です。例えば、本件で問題となった道路交通振動については、振動規制法があり、第一種区域ではL10(5秒間隔、100個間又はこれに準ずる間隔、個数の測定値の80%レンジの上端の数値を、昼間及び夜間の区分ごとにすべてについて平均した数値のことで、L10を超える時間の確率が10%であることを意味します。)で、昼間65dB、夜間60dBが要請限度(市町村長が道路管理者に舗装、維持、修繕を、警察に道交法上の措置を要請しなければならない基準、換言すれば、道路管理者がこれを下回るように舗装、維持、修繕をしていなければならない基準)とされています。

行政法規と受忍限度は理論上は別のものであり、行政法規に違反しなくても、受忍限度を超えることはあり得ます(これに対して、行政法規に違反していると、通常は、受忍限度も超えることになります。)。行政法規は、受忍限度における「侵害の程度」の一要素として位置づけられることになるのだろうと思います。

道路交通振動とL10

本件で控訴人は、L10では上端値10%がカットされることになるが、振動が睡眠に及ぼす影響を判断するにあたってはこの上端値(Lmax)こそが重要であると主張しました。たしかに、L10で夜間60dBを下回っていても、60dBを超える時間が10%あり、それが、例えばすべて79dB(深度1・2の睡眠ではすべて覚醒し、深度3の睡眠に対する影響も強いレベル)であれば、睡眠に及ぼす影響は無視できないことになります。

これに対して、本判決は、「振動規制法は、道路交通振動に係る要請の措置を定めること等により、生活環境を保全し、国民の健康の保護に資することを目的としている」とし、「Lmaxによる数値は、特定の時間に特殊な事象によって通常と異なる格段に高い値(異常値)が発生することもあり得るから、Lmaxの数値が一定値を超えると直ちに違法と評価することは相当であるということはできず、頻度という要因を考慮して検討するのが相当である」としたうえで、「L10を基準として用いる上記の判定尺度と数値等は、振動規制法の規定の趣旨等を照らすと、本件のような車両振動による侵害を検討する際の基準として合理性を備えているということができる」としました。要するに、道路交通振動の場合、「侵害の程度」が深刻なものであるのかどうかは、行政法規である振動規制法と同じくL10で判断するとしており、同種事案の参考になると思われます。