弁護士 羽根一成
神社の大祭の奉賛会の発会式に市長が出席して祝辞を述べた行為は、憲法20条3項に違反しない。(最高裁平成22年7月22日判決)
本件は、白山比咩神社の御鎮座二千百年式年大祭の奉賛会の発会式に白山市長が出席し祝辞を述べた行為が、憲法20条3項の禁止する「宗教的活動」に当たるのかどうかが問題となった事案です。
このようなときは、目的効果基準によって判断されますが(最高裁昭和52年7月13日判決・津地鎮祭事件)、原判決(名古屋高裁金沢支部平成20年4月7日判決)が、市長の行為について、大祭の斎行及びこれに伴う諸事業ひいては大祭を奉賛、賛助する目的を有しており、かつ、神社に対する援助、助長、促進になる効果を有するものとし、「宗教的活動」に当たるとしたのに対して、最高裁は、市長としての儀礼を尽くす目的で行われたものであり、神社に対する援助、助長、促進になるような効果を伴うものではなかったとしています。最高裁が採用する目的効果基準は、かなり緩やかで、最高裁の価値判断を反映させる余地が多分にあるもののように思います。
本件において実務上参考となるのは、結論そのものというよりも、最高裁が、合憲判断の前提として、(1)神社は重要な観光資源としての側面を有しており、大祭は観光上重要な行事であったこと、(2)奉賛会は観光振興的な意義を有する事業の奉賛を目的とする団体であり、発会式は神社内ではなく市内の一般の施設で行われ、式次第は一般的な団体設立の式典におけるものと変わらず宗教的儀式を伴うものでなかったこと、(3)市長は来賓として招かれ、出席して祝辞を述べたものであり、祝辞の内容は一般の儀礼的な祝辞の範囲を超えて宗教的な意味合いを有するものでなかったことを挙げていることでしょう。
本件訴訟は、主務課長が支出命令を専決処理(対外的には長の名でするが、内部的には補助職員が意思決定をすること)した運転職員の時間外勤務手当相当額などについて、市長個人に対して損害賠償の請求をすることを求める住民訴訟(4号請求)です。このようなときは、長は、補助職員が財務会計上の行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、損害賠償責任を負うことになっています(最高裁平成3年12月20日判決)。
政教分離原則に関する最近の判決として実務上重要なものに、平成22年1月20日付の2つの最高裁判決があります。1つは、神社の敷地として市有地を無償で使用させることは、政教分離原則(憲法89条)に違反するとするもので、もう1つは、こうした状況を解消するために、町内会に神社の敷地を無償譲与(贈与)することは同原則に違反しないとするものです。過去の経緯により公有地が神社の敷地となっているケースが少なくない状況にあって、後者は前者の対応策を示しています。
もっとも、実務上は、崇敬会など社を所有・管理していた任意団体(権利能力なき社団)が、構成員の代替わりなどによってその実体を失っており、敷地を無償譲与しようにも、社の収去敷地の明渡しを請求しようにも、相手方がいないという問題があります。最高裁が、違憲性を解消するための他の手段の存否等について更に審理を尽くさせるためとして原審に差し戻した趣旨から、このようなときは、責任を問われることはないのかもしれませんが、それでも、老朽化した社を適切に管理しないで事故が発生したときに真っ先に地方公共団体に苦情がくることは避けられそうもありません。