争訟法務最前線

第49回(『地方自治職員研修』2011年1月号掲載分)

権利の放棄と長の執行行為

弁護士 羽根一成

今月の判例

議会は、条例の形式でも、権利を放棄することができ、権利の放棄に、長の執行行為は要しない(神戸地裁平成22年10月28日判決)

神戸市での対応

本判決は、最高裁平成21年12月10日決定(原判決・大阪高裁平成21年1月20日判決)(前訴判決)を受けた神戸市の対応に関する事案です。

前訴判決は、神戸市が外郭団体に派遣している職員(派遣職員)の給与相当額の補助金を支出したことは、公益的法人への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律(派遣法)6条1項に違反するとし、神戸市に、外郭団体に対して不当利得返還を請求すること、(前)市長に対して損害賠償を請求することを命じたものです(本誌601号)。

この判決以降、地方公共団体には、できる限り早期に、派遣職員に対する給与の支給について、派遣法6条2項に基づくものとするよう(直接市が派遣職員に対して給与を支給することができるよう)条例を改正したうえで(地方自治法96条1項1号)、すでに支出した補助金について、不当利得返還請求権、損害賠償請求権を放棄すること(同項10号)が求められていましたが、神戸市では、公益的法人等への職員の派遣等に関する条例の一部を改正する条例を議決し、その改正条例の附則5項において、前訴判決で命じられた不当利得返還及び損害賠償にかかる権利を放棄することを規定していました。

条例の形式で権利を放棄することの意味

条例を改正する中で権利を放棄するとしても、権利の放棄について議案説明の必要がなくなるというわけではないので、条例を改正したうえで権利を放棄することと比して、実務上どの程度のメリットがあるのかはよくわかりませんが、本判決が条例の形式で権利を放棄することを積極的に解したことによって、少なくとも、前訴判決を受けた対応方法について選択肢が増えたと言うことはできると思います。

なお、権利の放棄が議会の議決事項とされたのは、「住民の意思をその代表者を通じて直接反映させるとともに、執行機関の専断を排除する趣旨」にありますから、いずれの方法によるときも、長の執行行為(権利放棄の意思表示)を要しない(議会が権利を放棄したのに、長がそれを拒否することは許されない)と解されます。

議決権の濫用

住民訴訟の対象となっている権利を放棄することについては、住民訴訟制度を根底から否定するものであり、議決権の濫用に当たるとする見解があります。しかし、議会は、住民訴訟の対象となっていること(さらには住民が勝訴したこと)をも踏まえたうえで、負託された議決権を行使するのであり、住民訴訟制度を根底から否定することにはならないように思われます。「住民訴訟の対象となった個別的請求権の放棄の是非は、住民の代表である議会の良識ある合理的判断に委ねられているというほかなく、そのような議会の判断は、終局的には住民による選挙を通じて審査されるべきもの」であり、立法論としてはともかくとして、現行法上は、住民訴訟の対象となっていることを理由として、権利を放棄することが許されないとする理由はないのではないでしょうか。

本判決が、「本来であれば、・・・派遣職員が派遣先から受領していた給与相当額を派遣先団体に返還した上、神戸市が派遣先団体に給与相当額の返還を求めることになるが、これを実施するための煩雑な事務手続に要する時間及び経費、派遣先団体から派遣職員に支給された給与の返還を求めることが事実上困難であることなどを考慮」したものであり、「本件請求権の放棄を含む本件改正条例の議決は、先行した住民訴訟の結果を踏まえ、その訴訟における裁判所の判断を尊重する形で、従来派遣法上疑義のあった神戸市の外郭団体に対する派遣職員の給与相当額を含んだ補助金等の扱いを是正するとの趣旨及び目的により行われたもの」であると指摘する点は、実務上、同種事案における議案説明の参考になると思われます。