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004

H15.12.16 横浜地裁

損害賠償請求事件

平成15年12月16日判決言渡
平成14年(ワ)第2524号 損害賠償請求事件

判  決

原告 X
被告 Y1
被告 Y2
訴訟代理人弁護士・松坂祐輔,同・大下信

主  文

1 被告Y1は,原告に対し,金479万5448円及びこれに対する平成14年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y1に対するその他の請求を棄却する。
3 原告の被告Y2に対する請求を棄却する。
4 訴訟費用は,原告と被告Y1との間では,原告に生じた費用の8分の1と被告Y1に生じた費用の4分の1を被告Y1の負担とし,原告に生じた費用の8分の3と被告Y1に生じた費用の4分の3を原告の負担とし,原告と被告Y2との間では,全部原告の負担とする。
5 この判決の第1項は,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
被告らは,原告に対し,各自金1810万2914円及びこれに対する平成14年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
本件は,飲食店を経営する原告が,被告Y1がパック詰めにした生食用カキを被告Y2から仕入れこれを同飲食店で顧客に提供したところ,その生食用カキがSRSV(小型球形ウイルス)に汚染されていたため多数の顧客が食中毒に罹患し,原告はこれによって多大な損害を被ったとして,被告Y1に対しては不法行為,製造物責任法又は債務不履行に基づき,被告Y2に対しては債務不履行又は瑕疵担保責任に基づき,連帯して損害賠償を支払うよう求めたところ,被告らが原告の請求を全面的に争った事案である。

1 争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,争いのない事実である。)
(1)ア 原告は,神奈川県下各所でカラオケ店,飲食店,ゲーム遊技場店等を経営する会社である。
イ 被告Y1は,A県において水産品の加工・販売を行う会社である。
ウ 被告Y2は,業務用水産加工品の仕入れ・販売等を行う会社である。

(2) 原告が横浜市で経営する飲食店「O&L」(以下「本件飲食店」という。そのうちの「O」はカラオケボックス部分であり,「L」は飲食店部分である。)において, 平成14年1月11日及び12日の顧客に下痢,嘔吐,発熱等の食中毒症状が発生した(以下この事件ないし事故をまとめて「本件食中毒」又は「本件食中毒事故」という。)。

(甲1,2,26,証人C)

(3) この食中毒発生により,原告は,保健所の協力要請により平成14年1月14日は営業を自粛し,同月15日に営業禁止処分を受け,同月18日まで営業を停止した。

(甲4,証人C)

(4) 保健所が,平成14年1月14日に本件飲食店から収去した食品7検体(生カキ,豚肉,きぬごし豆腐,生カキ用ソース,カット野菜,カットほうれん草,ドレッシング)及びカキ殻について下痢性ウイルス及び食中毒菌15項目について検査したところ,未開封の生食用生カキ(加工者・被告Y1,消費期限平成14年1月14日)から下痢性ウイルス(NLV。SRSV〔小型球形ウイルス・Small Round Structured Virus〕がこれらのウイルスの総称である。以下「SRSV」という。)が検出された。

(甲1,2)

2 争点
(1) 本件食中毒の原因物質は,被告Y1がパック詰めして流通業者に販売し被告Y2が仕入れて原告に販売した生食用カキ(以下「本件生食用カキ」という。)に混入していたSRSVか。

(2) 上記(1)が肯定される場合に,被告Y1が本件食中毒によって原告に生じた損害について次の内容の損害賠償責任を負うか。
ア 製造物責任法に基づく責任
イ 不法行為責任
ウ 保証類似の責任(債務不履行責任)

(3) 上記(1)が肯定される場合に,被告Y2が本件食中毒によって原告に生じた損害について次の内容の損害賠償責任を負うか。
ア 債務不履行(不完全履行)責任
イ 瑕疵担保責任

(4) 本件食中毒と相当因果関係のある原告の損害はどれだけか。

3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件生食用カキに混入していたSRSVが本件食中毒の原因か。)について
ア 原告の主張
(ア) 原告は,被告Y1が平成14年1月9日及び11日に出荷した生食用のカキ(本件生食用カキ。合計6kg)を,同月10日及び12日に被告Y2から購入し,これを原告店舗の厨房内の冷蔵庫に保管した。

(イ) 原告が同年1月11日及び12日の両日に,いずれも消費期限内の本件生食用カキを顧客に提供したところ,多数の顧客が下痢,嘔吐,発熱等の食中毒の症状を呈する事故が発生した。

(ウ) 本件食中毒は,被告Y1が出荷した本件生食用カキが原因である。

SRSVは,海で養殖されている間に,カキ等の二枚貝の内臓内に蓄積されるもので,食品衛生法上も食中毒原因物質とされているものであるから,本件食中毒の原因となった本件生食用カキのSRSVは,被告Y1がA県漁連(以下「県漁連」という。)から購入した時点で既に含まれていたか,原告が購入したパック以外に詰められていた汚染されたカキが被告Y1での加工の過程で混ざり,これによって原告が購入した本件生食用カキが汚染されたかのいずれかである。

イ 被告Y1の主張
本件生食用カキが本件食中毒の原因かどうかは知らない。

ウ 被告Y2の主張
(ア) 甲1の報告書は,本件食中毒の原因が,被告Y1が加工販売し被告Y2が原告に販売した生食用カキであると断定しているわけではない。

(イ) しかも,被告Y1が平成14年1月9日と11日に出荷した生食用カキはそれぞれ18㎏(合計36㎏)であるが,本件飲食店が仕入れた本件生食用カキはそれぞれ3kg(合計6kg)にすぎない。ところが,同報告書によれば,残りの30kgについては本件食中毒のような苦情はなかったというのであるから,本件飲食店における本件生食用カキの管理方法,冷蔵方法,調理方法等に関する不備,あるいは事故処理の対応等が本件食中毒の原因になったことも十分考えられる。

(ウ) また,甲1の報告書には,数値化された内容の記載が全くないから,本件食中毒との間の因果関係もはっきりしない。

(エ) したがって,本件生食用カキが本件食中毒の原因であるかどうかは疑わしいというべきである。

(2) 争点(2)(被告Y1の損害賠償責任の有無)について
ア 原告の主張
(次の(ア),(イ),(ウ)の各主張は,選択的な主張である。)

(ア) 製造物責任
a 一般に「加工」とは,「その本質は保持させつつ新しい属性ないし価値を付加すること」をいうとされているところ,その解釈は,製造物責任法の趣旨である①危険責任の法理,②報償責任の法理,③信頼責任の法理を踏まえてすべきである。

b 自然界のカキは,生で食べられるものと,生で食べるには食中毒の危険があるものとがあり,その選別及び毒抜き工程によって生で食べても安全であるもののみが「生食用むき身カキ」になる。すなわち,生食用カキは,生で食べられるという「価値」が自然界のカキに「付加」されたものである。

SRSVの混入の危険は,加工業者から出荷されるまでの間に除去されなければ,コントロールすることができない(危険責任)。

加工業者は,生食用という価値の付加されたカキを出荷することによって利益を得ており,生で食したことによる損害は,利益を得ている加工業者が負うべきである(報償責任)。

そして,何よりも,「生食用」と表示されたカキを生で食したことのリスクを原告を含む消費者が負うことがあってはならない(信頼責任)。

なお,被告Y1は,本件生食用カキに自社が「加工者」であることを本件パック上に表示している。

c 生食用パック詰めむき身カキにSRSVが混入していて,それを生で食べた場合に食中毒になる可能性のあることは,明らかな「欠陥」である。

(イ) 不法行為責任
a 生食用カキのSRSVによる食中毒事例は,毎年数千人単位で発症が報告されており,平成9年5月の食品衛生法の改正では,SRSVが食中毒原因物質として明示されるところとなり,最近では,出荷量全国1位のBでも問題視されるに至り,出荷量全国2位のA県においても無関心であったはずがない。

b 生食用カキを流通過程に乗せる立場にある加工業者である被告Y1とすれば,県漁連から購入した生食用カキがSRSVに汚染され,広く流通させることによって食中毒事件が発生するであろうことを予測することができた。

c 被告Y1は,SRSVに汚染されている可能性のないカキを原料として使用し,かつ,SRSVに汚染された可能性のあるカキの加工も行っている場合には両者の工程を明確に区分し,万が一にもSRSVに汚染されたカキに生食用の表示をして出荷してはならない注意義務を負っているというべきである。

SRSVに汚染されている可能性のないカキを原料として使用するために,被告Y1には,自ら殺菌工程,SRSV検査を行うか,それらの工程を経た安全な生食用カキを原料として購入する等の義務があった。

d しかるに,被告Y1は,漫然と週1回の県漁連による自主検査だけで安全であると思い込み,1回当たり数万円で実施できる自社での検査を何ら行わず,さらには県漁連から検査結果の提供を受け自社の判断により危険海域,危険な時期の検討を行い,当該危険海域のカキを生食用のカキの原料として使用しないとか,オゾン紫外線滅菌法による浄化が施されているカキのみを出荷する等の対策をとる注意義務があるのにこれを怠ったものである。

被告Y1がこのような注意義務を怠ったことによって,本件食中毒は発生したものである。

(ウ) 保証類似の責任(債務不履行責任)
a 被告Y1は,加工業者として自らの「商号,住所,電話番号」を表示し,かつ,「生食用」との表示をして本件生食用カキを市場に流通させたものである。

b このような加工業者は,消費者に対しては当該カキが生で食べられるものであることを保証する意思でこのような表示をしたものと解すべきであり,売買の直接の相手方ではない原告に対しても契約責任を負うべきである。

イ 被告Y1の主張
(ア) 製造物責任について
一般に,加工とは,「動産を材料としてこれに工作を加え,その本質は保持させつつ新しい属性を付加し,価値を加えること」とされ,また,立法過程における政府委員の答弁によれば,農産物における「加工」には,一般的には煮る,焼く等の加熱あるいは調味,塩漬け,薫製等の味付け,それに粉挽き等が該当するととらえられている。

また,本件のような水産物等のいわゆる一次産品は,製造物責任の立法趣旨からして,そもそも「製造物」に該当しないと考えられている。

以上を前提にすると,カキの性質を全く変更しない洗浄,パック詰めは「加工」に該当しない。

(イ) 不法行為責任について
a 被告Y1は,主に県漁連から出荷される生食用カキを購入し,それを洗浄し,パックに小分けして他の業者に出荷する業者である。

そして,SRSVは,養殖海域の環境が影響するもので,流通過程で発生するものではないから,流通過程における生食用カキの購入者という立場は,原告も被告Y1も同様である。

b SRSVは,比較的最近その存在が認められたウイルスであり,国の施策においても,平成9年に食品衛生法施行規則の改正等で病因物質に新たに指定されたものである。そして,SRSVの検査方法は未だ確立されておらず,漁連等に対し法令等による検査の義務づけ等の施策は実施されていないし,生食用カキの出荷も禁止されていない。

このような状況下において,中小企業の被告Y1が独自に検査体制を備えて検査しなければならないというに等しい原告の主張は不当,不合理である。

ところで,県漁連は,SRSVの自主的検査として週1回抜き取り検査を実施している。検査結果が出るまでに4日ほどかかるが,陽性の結果が出れば,県漁連はその海域からの生食用カキの出荷を停止する。このように,県漁連が出荷する生食用カキは,少なくとも1週間ほど前に実施した検査で陰性であったカキと同海域に生殖していたものであり,その意味で安全性が担保されているものである。したがって,県漁連の生食用カキの安全性を信頼して購入しこれを出荷しても何ら非難されるものではない。

生カキの消費期限は5日程度であり(乙5),県漁連の検査の結果確認には1週間程度を要するから,県漁連が安全として販売したにもかかわらず,同検査結果を待って出荷を1週間待ったとすれば,消費期限を徒過してしまう結果になり,事実上生食用カキの出荷はできないことになってしまう。しかし,生食用カキの販売は認められているのであり,かつ,SRSVの法的検査義務は課せられていないのである。

c 結局,本件食中毒発生当時の状況下で,県漁連が安全なものとして販売したカキについて被告Y1が独自にSRSVによる汚染の有無の調査をする義務はなかったというべきである。

(ウ) 保証類似の責任(債務不履行責任)について

原告と被告Y1との間には何らの契約関係もないから,被告Y1が債務不履行責任を負うものではない。

(3) 争点(3)(被告Y2の損害賠償責任の有無)について
ア 原告の主張
(次の(ア),(イ)の各主張は,選択的な主張である。)
(ア) 債務不履行(不完全履行)責任
被告Y2は,信義則上,原告の顧客の生命,身体,健康に対するリスクのない食材という商品を販売すべき高度の注意義務を負っていた。被告Y2は,この義務に違反して本件生食用カキを原告に販売したのであるから,その行為は不完全履行に当たる。

したがって,被告Y2には,本件食中毒によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(イ) 瑕疵担保責任
本件生食用カキにSRSVが混入していて安全性が欠如していたことは,生食用カキの隠れた瑕疵に当たる。したがって,被告Y2は,瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任を免れない。

イ 被告Y2の主張
(ア) 債務不履行責任について
a SRSVは,海の養殖場の環境が原因であり,被告Y2が原告に納入した過程で汚染したということはあり得ない。そして,被告Y2は,パッケージ済みのむき身のカキのパックを被告Y1から仕入れてそのまま原告に販売したにすぎない。

よって,本件生食用カキがSRSVに汚染されていたとしても,被告Y2には予見可能性も,結果回避可能性もない。

b また,被告Y2は,単なる流通業者である一販売業者にすぎない。したがって,被告Y2が,生産者に対し欠陥商品が生産されることのないよう指示・監督できる立場にはなかった。

c 以上のとおり,予見可能性,結果回避可能性がないから,被告Y2に本件生食用カキの安全性を点検すべき注意義務は発生しない。

(イ) 瑕疵担保責任について
a 原告と被告Y2との間の本件生食用カキの売買は,不特定物売買であり,特に原告が瑕疵の存在を認識した上で履行として認容したという事情もないから,本件生食用カキの売買には,瑕疵担保責任の規定の適用はない。

b 仮に瑕疵担保責任が成立するとしても,その損害賠償の範囲は,買主の支払う代金額との等価交換性の欠落部分を償うための損害賠償,すなわち信頼利益の賠償に限られる。したがって,原告が被告Y2から購入した本件生食用カキの代金額が上限になる。

(4) 争点(4)(本件食中毒と相当因果関係のある原告の損害)について
ア 原告の主張
(ア) 顧客に対する補償額
 57万9167円

a 当日の飲食代の返金分
 38万0692円
b 菓子折代
 10万8150円
c Eが病欠者の代替労働のため他の従業員に休日出勤を命じたことにより支出した手当相当額
 4万8600円
d Eの業務損失21万1725円から,見舞金名目で原告に支払われた保険金18万円の内金17万円(18万円から免責金額1万円を控除した金額)を控除した金額
 4万1725円

合計57万9167円

(イ) 事故対応人件費・交通費
 239万1950円

(ウ) 食材廃棄損
 49万9037円

(エ) 店舗清掃費用
 26万1596円

(オ) 厨房備品設備購入・改修費
 111万9240円

(カ) 雑費(弁当代・郵送費・従業員医療費等)
 9万4874円

(キ) メニュー変更費用
 247万7050円

(ク) 売上損失(営業停止期間5日分)
 253万円

(ケ) 信用失墜に基づく逸失利益
 500万円

(コ) 弁護士費用
 315万円

合計1810万2914円

イ 被告Y1の主張
(ア) 顧客に対する補償額について
甲26の1ページ以下によれば,原告は,顧客に対し一律①見舞金3万円,②菓子折,③飲食代金返金を順次行ったとのことである。

しかし,②菓子折,③飲食代金返金は,発病していない顧客にも行っており,損害賠償としての相当性を欠く。見舞金の領収書も存在しない。

原告が顧客に支払った治療費・交通費・休業損害(甲16から18)については,休業の事実を示す客観的根拠を欠くもの,休業の証明書はあるが実際に給与が減額されたことを示す資料を欠くもの,休業期間と休業損害額が合致していないもの,食中毒と治療との因果関係が資料上も疑問であるもの,支払の内容自体不明なものなど,金額の根拠が不明なものが散見され,到底損害とは認められない。

(イ) 事故対応人件費・交通費について
原告は,売上損失を損害として計上しているのであるから,この期間の対応人件費は,その売上損失額に含まれるべきものであり,別途請求することは二重請求である。

また,営業停止期間経過後の対応人件費については,それを支払ったことを示す資料は一切提出されていないから,到底損害とは認められない。

(ウ) 売上損失について
原告は,平成14年1月度売上見込額を業務停止期間数で案分し,過去の実績に基づく営業日のウェイトを勘案して算出したとしている(甲26の8ぺ一ジ)。しかし,前提となる売上見込額の算出根拠や過去の実績等の根拠が示されていない。また,売上損害について粗利等ではなく売上高そのものを計上し,経費等が全く控除されていない。

したがって,原告の主張額は到底損害として認められない。

(エ) メニュー変更費用について
そもそも,メニュー変更がイメージ回復の手段として相当因果関係があるものとは考えられない。また,本件のメニュー変更は,通常のメニュー変更の時期に行ったものにすぎない。さらに原告の主張金額は,Oのメニュー変更を含んでいるが,その部分は本件食中毒とは関係がない。

(オ) 信用失墜に基づく逸失利益について
原告の主張は根拠を欠く。飲食店の売上は,景気や競合店の進出等の様々な不確定要素によって影響を受けるから,平成13年6月から12月までのわずか6か月間の売上実績をもってそれがその後も継続すると主張することは失当である。また,平成14年1月から5月まではほぼ前年より売上がアップしているから(甲25),前年比売上の減少と本件食中毒事故との相当因果関係は認められない。

(カ) 厨房改修費用,厨房設備費用について
原告の主張するこの関係の損害は,「調理場の区画を設置すること」及び「消毒殺菌を行うこと」という保健所の指導との間で相当因果関係を有しない。

(キ) 店舗食材廃棄費用について
1月度の実際の仕入額から仕入予定額を差し引いた額が,なぜ店舗食材廃棄費用になるのか不明である。

(ク) 雑費について
原告の主張する損害は,本件食中毒事故とは無関係である。

ウ 被告Y2の主張
(ア) 顧客に対する補償額について
原告が加入していた保険は損害賠償責任保険であるから,第三者に対する損害賠償額はこれによってすべて填補されたと考えられ,それ以上の支出は原告が自らの判断で支出したもので,本件食中毒事故とは無関係である。よって,この関係の損害は,免責金額の1万円にとどまる。

(イ) 事故対応人件費・交通費について
社員には普通の給料以外には支払っておらず,アルバイトについてはその支払の証拠がない。よって,証拠上この関係の損害を認定することはできない。

(ウ) 食材廃棄損について
原告のいう予定の仕入額及び実際の仕入額について客観的な証拠はなく,証拠上損害として認定できる金額はない。

(エ) 厨房備品設備購入・改修費について
厨房備品の廃棄は,保健所の指示によるものではなく,原告自らの判断によるものであるから,この費用は本件食中毒事故とは無関係である。

また,損害の内容も,当時の評価額が損害になるはずである。

同様に厨房改修工事も,調理場の区画部分を除き,本件食中毒事故とは無関係である。

(オ) メニュー変更費用について
メニューの変更は,必要に応じその都度行うもので,本件食中毒事故とは無関係である。

(カ) 売上損失(営業停止期間5日分)について
原告の主張する額は,あくまで業務計画に基づく見込額にすぎない上に,数字自体客観的な裏付けがない。

また,原告の主張する金額は逸失利益であるから,売上から経費を引いて損害を算出すべきである。

(キ) 信用失墜に基づく逸失利益について
甲25,26には裏付けが全くなく,信用性はない。

また,平成14年1月から5月まではほぼ前年を上回る売上を上げているが,突然6月になって大幅な落ち込みを示している。本件食中毒事故は平成14年1月であるから,この売上落ち込みと本件食中毒事故とは無関係である。

なお,原告は売上を損害としているが,逸失利益は経費を控除すべきである。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件生食用カキに混入していたSRSVが本件食中毒の原因か。)について
(1) 前記「争いのない事実等」に証拠(甲1,2,3の1・2,26,証人C)を併せると,次の事実が認められる。
ア 本件飲食店のうちのL部分の平成14年1月11日及び12日の顧客に,下痢,嘔吐,発熱等の本件食中毒事故が発生した。

イ 保健所は,平成14年1月14日に本件飲食店から前記「争いのない事実等」の(4)記載の食品7検体(生カキ,豚肉,きぬごし豆腐,生カキ用ソース,カット野菜,カットほうれん草,ドレッシング)及びカキ殻を収去し,これに対し下痢性ウイルス及び食中毒菌15項目について検査をしたところ,未開封の生食用カキ(加工者・被告Y1,消費期限平成14年1月14日)から下痢性ウイルス(NLV又はSRSV)が検出された。しかし,他の物からSRSVは検出されず,食中毒菌もこれら8検体からは検出されなかった。

ウ 本件飲食店の1月11日の利用者数(顧客数)は201人で,そのうちの予約客は6グループ82人であった。保健所が調査可能であった5グループ73人を調査したところ,5グループ58人が発症し,各グループとも同様の発症時期,症状を示していた。

1月12日の利用者数は160人で,そのうち予約客は1グループ20人であった。保健所がこのグループを調査したところ,15人が発症していた。

結局調査した6グループ合計93人のうち73人(約78.5%)が発症していたことになる。

エ そのうちの検便を行うことができた2グループ(1月11日及び12日の顧客合計35名)のうちの合計27検体のうちの22検体からSRSVが検出された。

他方,調理従事者の検便7検体は,すべてSRSVは陰性であった。また,食中毒菌は,発病者及び調理従事者の検便からは検出されなかった。

オ 原告は,本件飲食店について,被告Y2から生食用カキを1月10日に3kg,12日に3kg仕入れた。原告が1月10日に仕入れた生食用カキは,被告Y1が1月9日に出荷した生食用カキの一部であり,原告が1月12日に仕入れた生食用カキは,被告Y1が1月11日に出荷した生食用カキの一部であった。

カ 被告Y1は,加工日から4日を目処に消費期限を定め,これをパックに表示していた。

(2) 上記(1)の認定事実によれば,平成14年1月11日及び12日の本件飲食店の顧客が発症した食中毒は,SRSVによるものであったことが認められる。

さらに,同認定事実によれば,保健所の調査によってSRSVが検出されたパック入り生食用カキは,パックの表示から被告Y1が1月11日に出荷し原告が1月12日に仕入れたものであり,他方,検便によってSRSVの保有が確認された顧客は1月11日及び12日の顧客であるから,結局,原告が1月10日及び12日に仕入れたいずれの生食用カキもSRSVに汚染されており,本件食中毒はこれらSRSVに汚染された本件生食用カキを1月11日及び12日の顧客が食して罹患したものと認めることができる。

被告Y2は,本件生食用カキと同日に被告Y1が出荷したその他の生食用カキについて苦情がなかったことを指摘している。しかし,前段に説示した事実は,保健所の適式な検査等の客観的事実によって優に認定することができる。また,被告Y2は,本件飲食店の調理方法等原告側の原因である可能性もあると主張しているが,前記(1)の認定事実に照らし,その可能性は合理的に否定し得るものと認められる。よって,被告Y2の上記各主張は理由がない。

2 争点(2)(被告Y1の損害賠償責任の有無)について
(1) 最初に不法行為責任の成否について検討する。
ア 証拠(甲11,12,33,乙1の1から4,4,5,証人F)と弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(ア) SRSVは,主として冬から春にかけて発生するカキによる食中毒の原因ウイルスの一種で,患者数は平成ll年が約5200人,平成12年が約8000人とされている(厚生労働省の報告)。

平成9年5月の食品衛生法施行規則等の改正では,SRSVが食中毒原因物質として明示されるところとなった。

(イ) 従来は,SRSVの有無を簡易迅速に検査する方法はなく,電子顕微鏡でウイルスを観察する方法や,ウイルス遺伝子を増幅する方法などが行われてきた。

(ウ) SRSVは,近海における養殖カキに発生する病原体であり,その汚染には養殖環境が関わっていると考えられている。

これに対処する方法として,最近では,紫外線とオゾンで殺菌した清浄海水水槽の中にカキを24~48時間浸漬して「毒抜き」を行うという方法(「畜養」又は「オゾン・紫外線滅菌法」などと呼ばれる。)などが行われるようになり,この方法はSRSVや細菌の除去によい効果を挙げている。

あるカキ料理屋では,殻付きカキは上記のような方法で養殖したものを使い,むき身カキも,畜養後のものを購入して再度オゾン・紫外線滅菌を施して使用しているが,自主検査の結果では,最も危険な時期を含めすべて陰性という良好な結果を得ている。そして,同料理屋では,このような措置をした上で,危険な時期には検査結果にかかわらず,カキを加熱して販売している。

(エ) 県漁連では,おおむね1週間に1度抜き取り検査を実施していた。検査結果が出るまでに4日ほどかかるが,陽性の結果が出れば,県漁連はその海域からの生食用のカキの出荷を停止する措置をとっていた。しかし,県漁連は,それ以上にさかのぼって何らかの措置をとることはしていなかった。

平成13年9月から平成14年3月までの県漁連の検査結果を見ると,全海域で平成13年11月中旬までは検査結果は陰性であったが,同年11月下旬に一部陽性が発生し,12月には,11の海域のうち7つの海域において陽性の結果が発生するようになり,平成14年1月にはほぼ全海域でかなりの割合で陽性結果が発生するようになった。

(オ) 県漁連の検査結果は希望すれば提供を受けることができたが,被告Y1は,特段そのような検査結果を調査することなく,県漁連が生食用カキとして入札にかけたカキが安全であると信用して購入し,これをパック詰め(1パック500g)して販売していた。処理の工程は,購入したむき身カキを滅菌海水で洗浄した上パックに詰めるというものであった。なお,滅菌海水による洗浄は,「滅菌」工程ではなく,洗浄工程に位置づけられる。

(カ) 県漁連はカキをむき身にした日の当日に入札をし,被告Y1は,入札当日の夕方に購入した生食用むき身カキを作業場に運び込み,冷蔵庫に保管した後,原則として翌日に洗浄及びパック詰めをし,その日の内に販売先に発送していた。なお,入荷量との関係で,一部の洗浄及びパック詰めが入荷の翌々日になることもあった。

被告Y1は,おおむねパック詰めの日(加工日)を起算日として4日後位を目処にして消費期限を決めていた。平成7年9月の水産食品衛生協議会策定の生カキについての期限設定方法に係るガイドライン(乙5)においては,消費期限はむき身をした日を起算日としておおむね5日とするとされていた。

イ この事実を前提に,被告Y1の責任の有無について検討する。
(ア) 食品は,人間の生命や健康に直接重大な影響を与えるものであるから,その流通に関わる業者は,その安全性に最大限の注意を払う義務を負うというべきである。特に,前記認定のように,本件生食用カキはパック詰めされた消費期限の短い商品で,簡易な検査ができないものであるから,それがいったんパック詰めされて流通過程に乗せられた場合には,そのような商品の性質からも,また生食用という表示を信頼して取引されるのが社会一般の当然の了解事項であることからも,途中の流通業者や最終消費者がウイルスによる汚染との関係での安全性を自ら確認することは事実上不可能と考えられる。また,食品の安全性確保の責任が当該食品の流通の起点に立つ供給者に負託されるべきことも,危険責任及び報償責任の観点から当然であるから,結局,食品の安全性確保の責任は,ひとえに流通過程におけるパック詰め業者以前の業者,すなわち,本件で言えば被告Y1のような加工業者,県漁連及び生産者に委ねられるものである。そして,被告Y1は,生食用カキの流通の起点に位置する源泉供給者に位置づけられるから,生食用カキを流通に置くに当たっては,以上のような観点からその安全性確保について高い注意義務を負うというべきである。

(イ) 本件生食用カキ等被告Y1がパック詰めしていた生食用カキは,近海において養殖されたものであるところ,食中毒原因ウイルスであるSRSVは一般に冬から春にかけて近海における養殖カキに発生するもので,これによる食中毒が毎年数千人単位で発生しており,そのため県漁連でもその検査を実施するなどの措置をとっていたものである。したがって,生食用カキをパック詰めして流通させていた被告Y1は,SRSVによる食中毒発生を防止するために採り得る手段を尽くして生食用カキの安全性確保の措置をとる注意義務を負っていたものというべきである。

(ウ) 前記認定のように,県漁連は週1回の割合でSRSVの検査を実施していたが,検査結果が出るまでに4日程度を要し,陽性の結果が出た場合にはその海域からの生食用カキの出荷を停止する措置をとっていたものの,さかのぼって措置をとることはしていなかった。そして,生食用カキの消費期限が5日程度であったことに対応して,被告Y1は,県漁連が販売した生食用カキは安全であるとの前提の下に,安全性確保のための独自の対策をとることなく(被告Y1のパック詰めの工程には,洗浄工程はあったものの,SRSV汚染についての安全性確保のための工程は組み込まれていない。),そのままパック詰めして販売していたものであった。

しかし,県漁連の検査システムによれば,ある検査日の翌日にSRSV汚染が発生した場合を考えると,それが検査で判明するのは,汚染発生日から起算して10日程度経過した日ということになる(6日〔次回検査日までの日数〕+4日〔検査結果判明までの日数〕)。言い換えれば,被告Y1が販売した生食用カキは,10日程度から4日程度前の検査では検査結果が陰性であったという程度の安全性であったことになる。ところが,前記アの(エ)の認定事実によれば,平成13年から平成14年をみると,県漁連が販売する生食用カキの養殖海域においては,平成13年11月下旬以降SRSV汚染が発生し始め,平成14年1月にはほぼ全海域においてSRSV汚染発生の危険性が高まっていたものと認めることができる。そして,SRSVが養殖環境と関わりがあると考えられ,一般に冬から春にかけて発生するとされていることにも照らすと,上記の汚染の状況は,平成13年よりも前においても同様であったと推認することができる。このような事情を考慮すると,このような状況は被告Y1においても当然予見することができたと認められるから,食品の安全性確保の観点からすると,特に1月以降においては,被告Y1においてはSRSV汚染の状況に対応した安全性確保の措置をとる義務があったというべきである。

(エ) 上記説示を前提にすると,被告Y1においてSRSV検査を実施する措置をとることは消費期限との関係で事実上不可能であるから,結局,同被告においては,SRSV汚染の危険性の小さい生食用カキを購入するか,一定の危険性が避けられないのであれば生食用ではなく加熱用として販売する措置をとる必要があったというべきである。すなわち,前記アの(ウ)の認定事実によれば,当時においても,畜養という方法でSRSV汚染の危険性を著しく低めることが可能であったから,あくまで生食用カキをこの時期にも販売するのであれば,このような方法で養殖された生食用カキを購入する必要があったというべきであるし,あくまで通常の方法で養殖したカキを県漁連から購入しこれを販売するのであれば,加熱用として販売すべきであったということになる。

しかるに,被告Y1は,特に平成14年1月以降SRSV汚染の危険性が高まっているのに,何ら危険性を排除ないし著しく減少させる措置をとらないまま生食用カキを販売し続けたのであるから,前段に説示した安全性確保のための注意義務に違反したものというべきである。

(オ) 被告Y1は,SRSVの検査方法が確立しておらず,法令等による検査の義務付けもなく,生食用カキの出荷も禁止されていないと主張している。簡易な検査方法が確立していないのは被告Y1の主張のとおりと解されるが,SRSVによる食中毒が発生した場合には消費者の生命・健康に対し重大な脅威を与えるのであるから,そうであるならばなおさら現在の検査方法に制約があることを前提とした安全性対策をとるべきである。また,現実に生命・健康に対する危険が存在する場合には,法令による検査の義務付け等の有無にかかわらず,その危険性排除ないし著しい減少のための対策をとるべき注意義務があるのは当然である。

また,被告Y1は,同被告が中小企業であることを挙げている。しかし,人の生命・健康に対する脅威となる事柄について,そのことが責任を免れさせたり減少させたりする事由になるとはいえない。

さらに,被告Y1は,県漁連の自主検査によって生食用カキの安全性が確保されていたと主張している。しかし,前記(ウ)のとおり,そのように解することはできない。

(2)  以上のとおりであるから,被告Y1は,本件生食用カキのSRSV汚染に係る安全性確保のための注意義務に違反し,それによって本件食中毒事故を引き起こしたと認められるから,不法行為に基づき,同事故によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

なお,その他の請求においても,認容されるべき損害賠償額が不法行為に基づく損害賠償額を上回ることはないから,その他の請求については判断を要しない。

3 争点(3)(被告Y2の損害賠償責任の有無)について
(1) 債務不履行責任について
原告は,被告Y2は人の生命・身体・健康に対するリスクのない食材を販売すべき信義則上の高度の注意義務を負っていたのに,この義務に違反したと主張している。

しかし,前示のように本件生食用カキが消費期限の短いパック詰めの商品であること,SRSVの検査には相当の日数を要することを考えると,被告Y2には現実には結果回避可能性がなかったというほかはないから,同被告に原告が主張するような義務違反があったということはできない。

よって,原告の債務不履行に基づく請求は理由がない。

(2) 瑕疵担保責任について
本件生食用カキにSRSVが混入していたことは,民法570条にいう同商品の隠れた瑕疵に該当するということができる。そして,不特定物であってもそれを受領した後には瑕疵担保責任を負うと解するのが相当であるから,被告Y2は,本件食中毒事故について瑕疵担保責任に基づき原告の損害を賠償する義務を負うというべきである。

ところで,同条の瑕疵担保責任は無過失責任であるところ,本件では現実には結果回避可能性がなかったというべきであるから,この点を考慮して,同責任に基づく損害賠償の範囲は,いわゆる信頼利益に係る損害に限定されると解するのが相当である。

4 争点(4)(本件食中毒と相当因果関係のある原告の損害)について
(1) 被告Y1が賠償すべき損害について
被告Y1が賠償すべき損害は,本件食中毒事故と相当因果関係のある損害すべてであるから,以下この損害について検討する。

ア 顧客に対する補償額 53万7442円
原告の主張によれば,原告の主張する顧客に対する補償額は,甲8の「***O&L店食中毒事故顧客補償明細」記載の項目である見舞金,飲食代返金,菓子折代,医療費,交通費,休業補償,その他損害金の各項目の損害額から,賠償責任保険より支払を受けた保険金(見舞金258万円,治療費10万9090円,交通費3万3000円,休業損害55万7173円,その他損害4万6000円,免責金額-1万円,合計331万5263円)を差し引いた金額である。

よって,個別の損害額を検討する。

(ア) 当日の飲食代の返金分 38万0692円
証拠(甲8,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,予約客6グループについて,それぞれ代金全額である38万0692円(29万6200円+8万4577円-85円〔G分誤謬額〕)を返却したことが認められる。

原告が提供した飲食物は性質上本旨弁済とはいえず,顧客はその支払を拒否することができると解されるところ,団体客は,予約した者が全体の金額を支払うのが通常の扱いであり,前記認定のとおり予約客の80%近い顧客に食中毒の被害が発生したものであるから,予約客は全体の代金の支払を拒むことができるものと解される。そうすると,原告が返還した予約客に係る全代金額は,本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(イ)  菓子折代 10万8150円
証拠(甲8,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,1件当たり2000円程度の菓子折を持参して被害者宅を個別に訪問し謝罪をしたこと,実際に使用した菓子折代は54件合計10万8150円であることが認められる。

原告が個別に被害者に謝罪すること及びその際に菓子折を持参することは相当な儀礼の範囲内の行為と解されるから,これらの費用は本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認められる。なお,この菓子折は食中毒を発症しなかった顧客に対しても行われたものと推認されるが,80%近くの者が食中毒を発症した団体客全員にその程度の謝罪をすることは社会的に相当な儀礼行為と解されるから,全体の費用を本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(ウ) Eの休日出勤手当 4万8600円
証拠(甲8,17の1・2,26,27,証人C)と弁論の全趣旨によれば,Eは,平成14年1月11日午後7時ころから,本件飲食店で新卒採用プロジェクトの社員23人を集めて懇親会を同会社の費用で開催したこと,同会社は本件食中毒事故により欠勤した者の代替労働のために他の従業員に出勤を命じ,これにより合計4万8600円を支出したこと,原告はこれを損害と認め同会社に同金員を支払ったことが認められる。これらの事実によれば,原告によるEに対する同金員の支払は,本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

(エ) Eの業務損失 0円
証拠(甲8,26,27,証人C)と弁論の全趣旨によれば,Eは,従業員6名が本件食中毒事故により欠勤したことにより受注額減少の損害を被ったとして,各従業員ごとの1か月当たり受注額を基礎に欠勤日数に対応する額合計21万1725円を請求したこと,原告は,これを損害と認め同額の支払をしたことが認められる。

これらの事実によれば,本件食中毒事故によってE主張の額の受注減が生じたと認めるのが相当であるが,他方では同会社はその間の給与の支払をしていないから,本件食中毒との間で相当因果関係のある損害額は,受注減少額合計21万1725円から支払わなかった人件費合計7万3587円(甲8の2枚目「被害者個人宛補償」欄のうち「休業補償」欄参照)を差し引いた13万8138円になるというべきである。

弁論の全趣旨によれば,原告はこの損害について前記賠償責任保険より17万円のてん補を受けたことが認められるから,この関係の損害は既にてん補済みということになる。

イ 事故対応人件費・交通費 44万9050円
(ア) 事故対応人件費 42万3600円
証拠(甲19,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,本件食中毒事故発生により,原告は本件飲食店の社員(1月14日から18日まで)及びアルバイト社員(1月14日から18日まで)を事故対応に当たらせたほか,本部社員(2人は1月15日,2人は1月23日,4人は1月15日から2月4日まで)及び他店舗社員(1月17日,18日合計73時間)を事故対応に当たらせたことが認められる。

そこで検討するに,原告は,本件飲食店の社員及びアルバイト社員の1月14日から18日までの営業停止期間内の人件費を請求しているところ,これらの人件費については,営業停止によって得ることができなかった売上の損害を認めることでてん補されるから,これを別個に認めることはできない。

他店舗社員を1月17日及び18日に事故対応に当たらせたことについては,相当な人件費を損害と認めるのが相当である。そこで,1時間当たり1200円の73時間分,合計8万7600円をこの関係の損害として認めるのが相当である。

原告は,本部社員について,H本部長,I部長について各1日分(それぞれ1月15日),J社員,K社員について各1日分(それぞれ1月23日)の人件費の損害を請求している。しかし,H本部長,I部長は,いずれも事故対応を指揮する立場の社員であったと推認され,この件に専従していたかどうか疑問といわなければならない。したがって,事故対応が通常の業務の範囲内にとどまっていたのではないかといわざるを得ず,この関係の損害を認めることはできない。また,1月23日の事故対応も,通常の業務の範囲内のものと評価するのが相当である。

次に,証拠(甲19,26,証人C)によれば,C次長,M部門長,N部門長,P社員(甲19参照)については,相当期間事故対応に忙殺されたものと認めるのが相当であるところ,この関係の人件費として,1人について1日1万2000円,各人について7日分を損害と認めるのが相当である。そうすると,この損害は33万6000円になる。

(イ) 交通費 2万5450円
証拠(甲26,28,証人C)と弁論の全趣旨によれば,事故対応のために交通費として合計2万5450円を要したことが認められる。この支出は,本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認められる。

ウ 食材廃棄損 39万9229円
証拠(甲20,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は平成14年1月15日に,保健所から食品衛生法19条2項の規定に基づき開封済みの食材を廃棄するよう指示を受け,これらを廃棄したこと,同年1月に原告は合計309万円の仕入れをする予定であったが,実際の同月の仕入額は358万9037円であったことが認められる。

原告は,上記実際の仕入額358万9037円から仕入予定額309万円を差し引いた49万9037円がこの関係の損害であると主張している。この金額は概算であるところ,その計算方法自体は了解可能であり,緊急事態によって食材を一気に廃棄したという事情があるから(証人C),このような主張自体は不当なものではない。しかし,この数値は一定の不正確さを免れないから,その80%に当たる39万9229円をこの関係の損害と認めるのが相当である。

エ 店舗清掃費用 26万1596円
証拠(甲20,21,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,保健所から食品衛生法19条2項の規定に基づき調理場内(調理器具,機械等を含む。)の消毒殺菌をし,施設の清掃を徹底するよう指示を受け,指示どおりの作業をしたこと,原告はその費用として合計26万1596円を支出したことが認められる。

上記の事実によれば,上記26万1596円は,本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認められる。

オ 厨房備品設備購入・改修費 93万3780円
(ア) 厨房備品費用 9万2730円
証拠(甲20,22の1,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,保健所から食品衛生法19条2項の規定に基づき調理場内(調理器具,機械等を含む。)の消毒殺菌をし,施設の清掃を徹底するよう指示を受けたが,食器類やまな板など細かい部品については,これらをきれいに洗い,消毒することは煩瑣に絶えず,また古くなっているものもあって,これらを買い換えた方が妥当との判断をしたこと,そこで,原告はこれらの器具類を合計27万8190円で買い換えたことが認められる。

上記の事実によれば,消毒や清掃(洗ってきれいにすること)に要する費用(人件費を含む。)は本件食中毒事故と相当因果関係のある損害であると認めることができる。しかし,その費用が当該物件の価値に比較して不相当に高い場合には経済的全損として当該物件の価値相当額を損害と認めるのが相当である。ところが,証拠(証人C)によれば,本件では,古くなった器具はこれを機に買い換えようとの経済的判断も働いたものと認めることができる。

本件においては,前段の各費用を的確に認めるに足りる証拠はない。

そこで,本件では民事訴訟法247条の規定に基づき,原告が新品の器具を買いそろえた代金額27万8190円の3分の1に当たる9万2730円を損害と認めるのが相当である。

(イ) 厨房改修費用 73万5000円
証拠(甲20,22の2,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,保健所から食品衛生法19条2項の規定に基づき調理場の区画を設置するよう指示を受けたこと,その指示の具体的な内容は扉を設置するというもので,原告はこの指示に従って店舗改修工事を行い,その費用として73万5000円を要したことが認められる。

上記の事実によれば,この改修費用73万5000円は本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

(ウ) 厨房設備費用 10万6050円
証拠(甲22の3から6,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,保健所の指示による上記(イ)の厨房改修工事に伴い,各種の設備を購入する必要が生じ,原告はこれらの設備を合計10万6050円で購入するなどしたことが認められる。

上記の費用10万6050円は,本件食中毒事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

カ 雑費 9万4874円
証拠(甲15,23の1から4,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,本件食中毒事故に関し,Eに対する菓子折代,社員の早朝・深夜の食事代,厨房担当者に発生した対応中の事故に対する医療費,食材,切手代等として,合計9万4874円を支出したことが認められる。

上記事実によれば,これらの費用は本件食中毒事故の対応のために必要であった相当範囲内の費用であると認められるから,同事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

キ メニュー変更費用 0円
証拠(甲26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,原告は,本件食中毒事故によって原告の信用が傷ついたと判断し,イメージ又は信用回復のためにメニューの変更をすることを決断し,その変更をしたことが認められる。

しかし,このメニュー変更については本件食中毒事故がきっかけになっていたものとは認められるものの,同食中毒事故との間に通常生ずるという関係があると認めることはできない。

ク 売上損失 161万9477円
(ア) 証拠(甲25,26,証人C)と弁論の全趣旨によれば,本件食中毒事故のあった平成14年1月における本件飲食店のうちのL部分の売上総額は658万7892円であったこと(1月1日のみ休日),当時におけるO部分の売上は平均するとL部分と同程度であったこと,O部分は,1月14日には厨房内商品,スタッフを提供しない条件で営業し,18日には午後5時からフードメニューを提供できない状態で営業したことが認められる。

上記事実によれば,逸失利益は,L部分が5日の営業停止,O部分が4日の営業停止とし,双方の1日当たりの得べかりし売上金額をL部分の1月の実売上額658万7892円に基づき算出した1日当たりの金額として算定するのが相当である。

そうすると,本件飲食店(L及びO)の合計9日間の得べかりし売上金額は,次の計算式のとおり237万1641円になる。

(計算式)
658万7892円÷25日×9日=237万1641円

(イ) 人件費は前示のとおり控除すべきではないが,仕入額や電気・ガス・水道・電話代等の流動経費は控除すべきである。
仕入額は,309万円の予定仕入額を基礎に5日分を控除するのが相当である。そうすると控除すべき仕入額は,次の計算式のとおり51万5000円になる。

(計算式)
309万円÷30日×5日=51万5000円

さらに,その他の前記流動経費も控除すべきであるから,売上額の10%に相当する23万7164円を控除することとする。

(ウ) そうすると,最終的な得べかりし利益は,161万9477円になる。

ケ 信用失墜に基づく逸失利益 0円
原告は,本件食中毒事故から6か月間はその影響があったとし,信用失墜による逸失利益が500万円を下らないと主張し,甲25を援用している。

甲25を見ると,平成14年1月,2月,3月は,売上の前年比はそれぞれ108.0%,l07.6%,113.7%であって,いずれも前年よりも増加を示し,4月に前年比99.9%,5月に114.5%を記録した後,6月に79.0%と大きく落ち込んだものの,7月には108.3%を示している。本件食中毒事故の影響があるとすれば,直後に現れるのが通常と考えられるが,5月まではほぼ前年よりも増加を示しているから,本件食中毒事故の影響を数字から読み取ることはできない。また,平成13年及び平成12年の数字を前提にしても,本件食中毒事故の影響を数字から読み取ることはできない。

C証人は,平成13年5月末に看板を付けてから売上が伸びていたから,500万円を下らない逸失利益があると証言している(甲26も同旨である。)が,平成13年8月から12月までの前年比の伸びは,前年である平成12年に大きく落ち込んだ売上額を前提にするものであるから,前年比の売上増が果たして看板の影響かどうかも明らかとはいえない。

以上によれば,本件食中毒事故によって売上が減少したと認めることはできない。

コ 弁護士費用 50万円
本件訴訟の内容,経過,上記の損害額等を考慮すると,弁護士費用に係る原告の損害は50万円と認めるのが相当である。

サ 合計 479万5448円

以上の損害額の合計は,479万5448円になる。

(2)  被告Y2が賠償すべき損害について
前示のとおり,被告Y2が賠償すべき損害は信頼利益に係る損害に限られるところ,原告が主張する損害はいずれも履行利益に係る損害であるから,被告Y2に対し賠償すべき損害はないことになる(なお,本件生食用カキの代金額は信頼利益に係る損害になり得ると解されるが,原告はこの点の損害を主張していない。)。

第4 結論
以上の次第で,原告の被告Y1に対する請求は,不法行為に基づき479万5448円とこれに対する不法行為後である平成14年7月13日以降支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その他は理由がないから棄却し,原告の被告Y2に対する請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第4民事部
(裁判官・岩田好二)