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004

H16.3.10 特許庁

特許無効審判事件


2004年3月10日 審決日
無効2002-35445

神奈川県横浜市中区山下町99番地1-408号
請求人 有限会社アルファグリーン
東京都港区新橋5丁目8番1号 SKKビル5階
代理人弁理士 長門侃二
東京都港区新橋5丁目8番1号 SKKビル5階 長門国際特許事務所
代理人弁理士 山中純一
東京都千代田区永田町1丁目11番30号 サウスヒル永田町9階 東京平河法律事務所
代理人弁護士 松坂祐輔
東京都千代田区永田町1丁目ll番30号 サウスヒル永田町9階 東京平河法律事務所
代理人弁護士 小倉秀夫
栃木県足利市大月町68番地
被請求人 株式会社第一アメニティ

上記当事者間の特許第3073392号発明「緑化吹付け資材および緑化吹付け方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結 論

特許第3073392号の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。

理 由

1.手続の経緯
本件特許第3073392号発明は、平成6年5月19日(国内優先権主張 特願平6-100097号 平成6年5月13日)の出願であって、平成12年6月2日に設定登録がなされ、その後、有限会社アルファグリーンより特許無効審判の申立てがなされ、答弁書が提出されたものであり、その後2回の証人尋問(第1回 甲、第2回 乙)を含む口頭審理が行われたものである。

2.無効理由の概要
本件特許発明は、発明者でないものであって特許を受ける権利を承継しないものの特許出願(冒認出願)に対して特許されたものであり、特許法第123条第1項第5号に規定される無効理由を有する、として、下記の証拠方法を提出すると共に、証人尋問(第1回 甲、第2回 乙)を申請した。

・証拠方法
甲第1号証 特許第3073392号公報(本件特許公報)
甲第2号証 特許第2935408号公報(請求人特許公報)
甲第3号証 特許第2935408号の登録原簿の謄本
甲第4号証 Aの上申書
甲第5号証 特許第3073392号の特許表示がされた「プライオグリーン」の写真
甲第6号証 Bの陳述書
甲第7号証 Cの陳述書
甲第8号証 Dの陳述書
甲第9号証 Eの陳述書
甲第10号証 乙の陳述書
甲第11号証 Fの陳述書
甲第12号証 Gの陳述書
甲第13号証 Hの陳述書
甲第14号証 Iの商業登記簿の謄本
甲第15号証 J(札幌市中央区)が保管している「自然エネルギー・新技術に関する調査研究のうち、貯水池水位変動部緑化調査報告書」(日付:平成7年3月)の、パルコートグリーンを使った藻岩ダムにおける上記実験施工に関する記載のある部分(19,22,26頁など)の写し・・・後に取り下げ
甲第16号証 乙の文書「Jが保管する資料について」
甲第17号証 甲の陳述書(平成15年5月16日付物件提出書により一部陳述の修正がなされた)
甲第18号証 甲の上申書
甲第19号証 特許第3073392号の登録原簿の謄本
甲第20号証 札幌気象台 1993年(平成5年)11月の気候(気象庁ウェブサイト)
甲第21号証 札幌気象台 1994年(平成6年)4月の気候(気象庁ウェブサイト)
甲第22号証 東京地方裁判所 平成14年(ヨ)第22108号 債務者第1準備書面(平成14年1l月12日)の副本をファクシミリ受信したものの1及び2頁の写し
甲第23号証 東京地方裁判所 平成14年(ヨ)第22108号 答弁書(平成14年10月11日)の副本をファクシミリ受信したものの1及び3頁の写し
甲第24号証 岡田清、六車煕編集「改訂新版コンクリート工学ハンドブック」1988年7月15日朝倉書店166頁の写し
甲第25号証 野口弥吉 川田信一郎監修「第2次増訂改版農学大事典」昭和62年4月1日株式会社養賢堂1353、1499頁の写し
甲第26号証 東京地方裁判所 平成14年(ヨ)第22108号事件における債務者の答弁書(平成14年10月11日)の副本をファクシミリ受信したものの写し(全15頁)
甲第27号証 Kの商業登記簿の謄本
甲第28号証 L 関西支社 関西環境技術センターが作成した「分析結果報告書」 平成14年6月20日発行
甲第29号証 L 環境事業本部が作成した「分析結果報告書」X線回折による成分同定 平成14年6月26日発行

証人 甲
上記証人について、証人尋問の申立て

証人 乙
上記証人について、証人尋問の申立て

・被請求人提出の証拠方法
乙第1号証 譲渡証書(譲渡人 甲、譲受人 (株)第1アメニティ 平成9年11月12日作成)本件特許を甲より第一アメニティが譲り受けた際の証書
乙第2号証 甲の被請求人宛の平成8年8月22日付の手紙
乙第3号証 甲の被請求人宛の平成8年10月9日付の手紙(乙3号証の1)及びその封筒(乙3号証の2)
乙第4号証 特開平10-34125号公報

3.請求人・被請求人の主張
請求人が本件特許発明が無効であると主張する根拠は以下のとおりである。
1)本件特許発明と請求人特許発明は、いずれも同じ技術的思想及び同じ実験施工データに基づいてなされている。
2)請求人特許発明が、同発明者であるMによってなされたことを裏付ける多数の証拠が存在する。
3)本件特許発明の当時の出願人である甲自らが冒認出願であることを認めている。

これに対する被請求人の主張は、以下のとおりである。
1)普賢岳などでの施工例も本件特許発明と請求人特許発明で内容に違いがあるが、たとえ両者が同一であっても、それだけの理由で本件発明が請求人発明の冒認であることにはならない。
2)請求人特許発明をしたのがMであることを直接立証する証拠はどこにもない。せいぜいMが請求人特許発明をしたと聞いたという伝聞証拠があるにすぎず、しかも、具体的には、普賢岳の実験時にMがいたことが示されているにすぎず、請求人特許発明をMが完成させたことについては、何ら具体的な証拠はない。本当に同人が請求人発明をしたのかどうか、さらには、本件特許出願時に請求人特許発明が完成していたのかも全く判らない。
3)本件特許発明の当時の出願人である甲自らの証言からは、むしろ、本件特許発明を独自に完成したことが明らかとなっている。

4.本件特許発明について
1)本件特許発明の出願経緯
・出願(特願平6-105704号)平成6年5月19日
・出願人 甲
・発明者 N
・優先権主張番号 特願平6-100097号
・優先日 平成6年5月13日
・出願公開日 平成8年1月30日
・出願公開番号 特開平8-23766号
・出願人名義変更(提出日) 平成9年11月19日
(特許権者である株式会社第一アメニティに名義変更)
・出願審査請求(提出日) 平成10年4月20日
・拒絶理由の通知(発送日) 平成11年7月6日
・意見書(提出日) 平成11年9月6日
・手続補正書(提出日) 平成11年9月6日
・特許査定(発送日) 平成12年5月16日
・登録日 平成12年6月2日

2)本件特許発明
【発明の名称】緑化吹付け資材および緑化吹付け方法
【請求項1】植物の種子、土壌、水と混合した後、混合物を地面上に散布し、散布地面を緑化するために使用される緑化吹付け資材であって、フライアッシュ等の粒状の無機材からなる焼却灰と、カルシウム化合物である硫酸カルシウムと、酸性物質である硫酸アルミニウムと、を含み、高分子系糊材を実質上含まないことを特徴とする緑化吹付け資材。
【請求項2】請求項1に記載の緑化吹付け資材において、上記焼却灰は、フライアッシュまたは製紙工程排出スラッジ焼却灰(PS灰)であることを特徴とする緑化吹付け資材。
【請求項3】植物の種子、土壌、水および緑化吹付け資材を混合した後、この混合物を地面上に散布し、散布地面を緑化する緑化吹付け方法であって、上記緑化吹付け資材に上記請求項1~2の何れかに記載された緑化吹付け資材を使用することを特徴とする緑化吹付け方法。

5.請求人特許発明について
1)請求人特許発明(第2935408号)の出願経緯
・出願(特願平6-305004号) 平成6年12月8日
・出願人 I
・出願人 P
・発明者 M
・出願公開日 平成8年6月18日
・出願公開番号 特開平8-157817号
・登録日 平成11年6月4日
・本権持分移転登録 平成12年11月20日(Pの持分をQに譲渡)
・本権持分移転登録 平成13年1月10日
(Iの持分を本件請求人である有限会社アルファグリーンに譲渡)

2)請求人特許発明
【発明の名称】緑化・土壌安定化用無機質材料、それを用いた厚層基材種子吹付け工法または土壌安定化方法
【特許請求の範囲】
【請求項1】灰成分100重量部に対し、硫酸アルミニウム1~20重量%,硫酸カルシウム1~20重量%,シリカ粉末1~20重量%,セメント成分10~80重量%とから成る添加剤10~50重量部を混合して成ることを特徴とする緑化・土壌安定化用無機質材料。
【請求項2】灰成分100重量部に対し、硫酸アルミニウム1~20重量%,硫酸カルシウム1~20重量%,シリカ粉末1~20重量%,セメント成分10~80重量%とから成る添加剤10~50重量部およびセラミックス粉末l0重量部以下を混合して成ることを特徴とする緑化・土壌安定化用無機質材料。
【請求項3】前記灰成分が、フライアッシュまたは製紙スラジの焼却灰である請求項1または2の緑化・土壌安定化用無機質材料。
【請求項4】前記シリカ粉末がヒュームドシリカである請求項1または2の緑化・土壌安定化用無機質材料。
【請求項5】前記セラミックス粉末が、FB材(商品名、R製)である請求項2の緑化・土壌安定化用無機質材料。
【請求項6】土壌と請求項1または2の無機質材料と植生種子または植物根茎と水とを混合してスラリー状の客土を調製し、前記客土を地表に吹付けることを特徴とする厚層基材種子吹付け工法。
【請求項7】泥状土壌と請求項1または2の無機質材料とを混合・攪拌することを特徴とする土壌安定化工法。

6.請求人が本件特許発明が無効であると主張する根拠の検討
1)本件特許発明と請求人特許発明がいずれも同じ技術的思想及び同じ実験施工データに基づいてなされている
1)-1 技術的思想の一致について
・産業上の利用分野及び目的の一致
本件特許発明と請求人特許発明とは、何れも、傾斜面等の緑化用の客土吹付けに使用されるものであり、吹付け後すぐに安定し、降雨で流亡せず、かつ発芽率の高い吹付け面を形成することを目的とする緑化吹付け資材(緑化・土壌安定化用無機質材料)及び緑化吹付け方法(厚層基材種子吹付け工法または土壌安定化工法)に関するもので一致している(本件特許公報の【0001】~【0007】、請求人特許公報の【000l】【0008】)。

・緑化吹付け資材(緑化・土壌安定化用無機質材料)について・・本件請求項1、2
両者は、灰成分(例えばフライアッシュ)、硫酸カルシウム及び硫酸アルミニウムを含む点で一致し、これら三種の成分の作用、即ち、灰成分が水和反応でエトリンガイト(エトリンジャイト)やケイ酸カルシウム水和物を生成し、硫酸アルミニウム及び硫酸カルシウムはエトリンガイトの凝集固化を促進すること、そして、これら水和化合物と土壌粒子とが混合されることにより吹付け土壌などを地面上に保持し、雨が降っても吹き付け面の流亡が少ないため、地面の緑化を効果的に行う点でも、両者は一致している(本件特許公報の【0009】~【00l3】等、請求人特許公報の【0012】~【00l8】等)。

また、請求人特許発明の緑化・土壌安定化用無機質材料も高分子糊材を用いていない。

そして、本件特許発明に係る実施例に記載されている成分であるシリカ(酸化ケイ素)またはシリカヒューム(アモルファス酸化ケイ素)と、ポルトランドセメントは請求人特許公報にも記載されている(本件特許公報の【00l5】等、請求人特許公報の【0019】~【0021】等)。

しかも、本件特許公報の請求項2に記載された緑化吹付け資材及び請求人公報の請求項3に記載された緑化・土壌安定化用無機質材料は、共に、焼却灰(灰成分)を、フライアッシュまたは製紙工程排出スラッジ焼却灰(PS灰)(製紙スラジの焼却灰)とするものであって、この点でも両者の間に相違点はない。

・緑化吹付け方法(厚層基材種子吹付け工法または土壌安定化工法)について・・本件請求項3
請求人特許発明の緑化吹付け方法と、請求人特許発明の客土を地表に吹付ける厚層基材種子吹付け工法)は、何れも緑化吹付け資材(緑化・土壌安定化用無機質材料)と植物の種子等とを混合した後、地面上に散布し、散布地面を緑化するという同一の工程を有している点で共通している。即ち、両者の技術的思想は一致している。

上記の検討から、本件特許公報の全請求項に記載された発明は、請求人特許公報に全て記載されているということができる。

この点に関して、被請求人は、本件特許発明と請求人特許発明が類似した技術的思想に基づいており、先後願の関係にあるかどうかという見地において、本件特許発明と請求人特許発明が同一である点は争っていないが、その具体的内容には様々な違いがあると主張している。

a.本件特許発明はフライアッシュ等にカルシウム化合物及び酸性物質を添加することに着目したものである。これに対し、請求人発明は灰成分、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム、シリカ粉末、セメント成分の各成分の混合割合に着目したという決定的な違いがあり、その結果、両発明の特許請求の範囲の記載が決定的に違っている。

b.本件特許発明では、エトリンガイトおよびCSH等の鉱物質硬化反応水和物の役割について、「これら鉱物質生成物は蔦が絡み合うように生成されるため、ミクロ的には施工面に微細なネットの層が何層にも重なり合うような状態になる。このため、土壌の通気性が何時までも保たれ、水と空気という植物が必要とする条件を常に保つことができる。」と記載されている。(【0018】【0029】参照)。

これに対し、請求人特許発明では、エトリンジャイトと呼ばれて記載されている(【0014】【0016】【00l8】)が、団粒化、凝結という作用効果が記載されるのみであり、「蔦が絡み合うように生成される」ことも、「ミクロ的には施工面に微細なネットの層が何層にも重なり合う状態になる」ことも、さらに、その結果地面上にしっかりと固定されることや土壌の通気性が保たれるという効果を奏することについても何ら記載もない。

c.本件特許発明の出願当初明細書では、緑化吹付け資材は、「フライアッシュ等の粒状無機材からなる焼却灰と、カルシウム化合物と、酸性物質とを含むことを特徴とする」と規定されており、硫酸アルミニウムを酸性物質として含有すると認識されている。これに対して請求人特許発明では、その一成分として硫酸アルミニウムが用いられているが、この硫酸アルミニウムを酸性物質としては全く把握も認識もしていない。即ち本件特許発明は、フライアッシュ等にカルシウム化合物及び酸性物質を添加し、得られる鉱物質硬化反応水和物によって、吹付け作業の後、吹付け面の流亡が少なく、地面の緑化を効果的に行えるというところにあり(【0009】)、このような本件特許発明の本質的特徴は、請求人特許発明では全く記載も示唆もされていないものであり、請求人特許発明とは全く別個のものである。

d.本件特許発明の実施例では、「アルカリ炭酸塩(炭酸カリウム)」が一成分として用いられ(【00l5】)、「アルカリ炭酸塩は、アッシュ成分の一部をなすシリカ質などから反応性イオンSi4+、Al3+の溶出を促進して、固化を促進できる。セメントも固化を促進すると説明されている。(【0021】)これに対して請求人特許発明では、緑化・土壌安定用無機質材料として、アルカリ炭酸塩を用いることについては、実施例を含め全く記載されていない。当然のことながらアルカリ炭酸塩の果たす上記のような役割についても何らの言及もない。

e.本件特許発明では、「施工時にはバーク堆肥などの肥料を一緒に混合されて吹付けられ、」(【0030】)とされているが、請求人特許発明では、肥料は用いられる旨の記載はあるが、バーク堆肥という具体的な名称は何ら記載されていない。

以上の点を検討する。

a.について
請求人発明の灰成分の具体例はフライアッシュであり、また、硫酸アルミニウムが酸性物質であることは当業者に自明なことである。そして、本件特許発明の実施例においても酸性物質として硫酸アルミニウムが記載されている。そうすると、実質的に請求人発明が各成分の混合割合について請求の範囲に記載したとしても、必須の構成として請求の範囲をどのように特定するかの違いであって、発明の詳細な説明に記載されている技術的事項が同じ技術思想であるとみることについて妨げにならない。

b.について
請求人発明の団粒化について、請求人特許明細書では「形成された団粒は、糊剤で土壌粒子が相互に接着して形成されていた従来の団粒化状態と異なり、多孔質でありそこに土壌中の水分を吸収していて、通気性や保水性が良好であるとともに、弾力性にも富んだものになる。」【0015】と記載されており、本件特許明細書の【00l8】【0029】と実質的に同じことを言っているものと認められる。

c.について
本件特許発明における酸性物質としてその実施例にあがっているのは硫酸アルミニウムのみであり、表現が異なるだけで実質的に請求人発明と相違しない。

d.について
本件特許明細書では、アッシュの固化を促進させ、セメントの固化を促進するものと説明されているが、本件の出願人である甲の「単純に植物にということで入れた。」との証言(第1回口頭審理及び証拠調べ調書 被請求人51)、及び本件発明の必須構成になっていない点からみて、本件特許発明と請求人特許発明とが実質的に相違するとまではいえない。

e.について
請求人特許明細書には「バーク堆肥」という具体的な名称は記載されていないが、これに相当するものとして養生剤、肥料が記載されており、「バーク堆肥」が特殊なものではなく、一般的に用いられている養生剤、肥料であることを考慮すれば、請求人特許明細書にその名称が記載されていないからといって、本件特許発明と請求人特許発明とが実質的に相違するとまではいえない。

1)-2 実験施工データについて
・両特許明細書には、何れも、札幌藻岩ダムにおける実験施工データが記載されている(本件特許明細書の【0025】【0026】、請求人特許明細書の【0031】等)。また、Pの協力企業であったSを経営又は勤務していたC、Dの陳述書(甲第7,8号証)、及びTに勤務していたE、乙の陳述書(甲第9,10号証)によれば、「Mの立ち会いのもとに平成5,6年にかけて札幌藻岩ダムで、法面緑化材の施工実験が行われた」との陳述がある。

・請求人特許明細書の【0037】発明の効果には、寒冷地における吹付け施工に関して、「緑化・土壌安定化用材料は・・1時間程度の時間が経過すれば、通常の降雨では全く流防しない。・・凍上劣化を起こすことがないので寒冷地における緑化吹付けが可能になる。」と記載があり、【0031】の一冬経過後の吹付け面の観察の記載と併せて、本件特許明細書の【0023】【0027】に相当する記載がある。

・本件特許明細書の【0026】の記載の雲仙普賢岳における実験施工に関しても、T大分支店に勤務していたF、Gの陳述書(甲第11,12号証)、上記E、乙の陳述書(甲第9,l0号証)、Tの九州代理店であったUのBの陳述書(甲第6号証)によれば、「Mの立ち会いのもとに平成6年3月4日に行われた」との陳述がある。

以上のことからすれば、本件特許発明と請求人特許発明は、いずれも出所が同じ実験施工データに基づいてなされていると解することが相当であると認められる。

2)本件特許発明は冒認であるか
a.第1回証人尋問(甲、平成15年4月10日)によれば、下記の点が認められる。
・発明者として記載されているNは、平成5年頃友人の知人として工場に来た。米国の投資家の協力が得られるよう交渉するに当たって、会社の役員になってもらい、便宜上発明者とした。N自身は化学関係の知識は全くなかった。(請求人15)

・甲は特許出願時に必要な成分配合をTの社長Vから教えてもらった、成分の巾があるのは自分の工場の製造担当と協議し検討して決めた。(被請求人6)

・甲側では、本件特許発明の完成のために本件特許明細書に記載されている実施例のようなことは行っていなかった。(請求人11)

・甲は、Vから緑化材について北海道や普賢岳の資料を預かった。(被請求人5)

・甲は、Vが全ての中心で開発者であると信じていた。(請求人8)しかし、Vとの関係の中で、Vが本件特許発明の発明者であることに疑問を感じていた。(請求人22)

・プラント立ち上げ時にVに製造会社の社員になってもらい特許取得も行うようにした。(請求人9)

b.第2回証人尋問(乙、平成15年8月1日)では、下記の点が認められる。
・M社長のPはTの代理店であった。(請求人047)

・VがMの法面緑化安定剤について興味を示したのは、Mより北海道の実験が上手くいきそうだとの連絡を受けてからである。(請求人049)

・平成6年春先の雲仙普賢岳における実験は、Mが施工実験を行えるフィールドを探してほしいということをTに依頼した。(請求人0l1)

・雲仙普賢岳の実験場所は、T大分支店のF及びGがフィールドを探し、Tの乙及びEがMに伝えた。(請求人050)

・雲仙普賢岳の実験の実験データはMから乙等がVに渡していた。(請求人027)

・雲仙普賢岳における実験では、緑化安定剤はMの方で準備していた。また、乙が薬剤等を神田で調達し、北海道に送付し協力した。(請求人051、052)

・Tの中で実験したり、実験を依頼した事実はない。(請求人033)

c.甲の陳述書(甲第17号証、及び平成15年5月15日付け)によれば、Tの製造代金の不払い、用立てた費用の未返済などが重なっていたこと。

d.B(甲第6号証)、C(甲第7号証)、D(甲第8号証)、E(甲第9号証)、乙(甲第10号証)、F(甲第11号証)、G(甲第12号証)、H(甲第13号証)の各陳述書によれば、Mが法面緑化安定剤(パルコートグリーン・・請求人特許発明)の発明者であること。

上記証人甲の証言によれば、Nは真の発明者ではなく、出願人である甲も、出願にあたりVに相談し、情報を得てから出願したと認められるので、甲も発明者であるということはできない。

 

この点に関して、被請求人は、甲の証人尋問などによれば、次の事実が認められるとして、特に、甲が自社工場で研究担当者に具体的な研究をさせて数字を押さえていき製造した点、及び甲が、本件特許関係の書類を被請求人に送付し、その後でどのような割合がベストなのか問い合わせを受けて回答した具体的な数値(乙第3号証)は、請求人特許発明には合致しないものである点を主張しているが、本件特許発明はその特許請求の範囲に記載されたとおりのものであって、それと同一の発明が請求人特許明細書に記載されていることは上記のとおりであり、上記回答した具体的な数値が請求人特許明細書に記載されている配合割合と重ならないとしても、本件特許発明の実施例に記載される配合割合と請求人特許明細書に記載される配合割合は重なる部分があり、上記のように本件特許発明と請求人特許発明の基本的な技術思想は一致しているとみることができるのであるからこのことをもって、本件特許発明が請求人特許発明とは別に独自に発明されたものであるとすることはできない。また、本件特許明細書に記載があり請求人特許明細書に記載のない炭酸カリウムについては、甲らが独自に決めて配合したとしても、本件特許発明にはそのような限定が付されておらず必要に応じて適宜配合する任意成分と認められる以上、本件特許発明が請求人特許発明とは別に独自に発明されたものであるとすることはできない。

被請求人はまた、請求人特許発明は本件特許出願時には完成していたとは考えられないとも主張するが、請求人特許発明の札幌藻岩ダム(本件特許発明にも記載されている)の実験施工は、上記1)-2に記載したように平成5,6年にかけて行われたとの陳述、また、請求人特許明細書の【0031】に実施例1の実験施工において、一冬経過後に吹付け面を観察したとの記載があることから、少なくとも平成5年には請求人特許発明のこの実験施工に関する部分は完成していたものとみるべきである。

そして、被請求人は、本件特許出願の事実はすぐに関係者に知られたはずであるが、長い間、MからもPからも冒認発明である等という指摘はなかったとも主張するが、Mと甲の間に入ったVがその事実を明らかにしなければありうることというべきである。

また、当時、Vは資金繰りに困っていたこと、甲から資金の供給(5000万円)を受けていたこと、甲が製造工場を造るにあたって多額の資金(8000万円)が必要であったことを当然知っていたと考えられること、などからみて、Nを発明者、甲を出願人として本件の特許出願することを認めていたということができる。

しかし、上記証人乙の証言によれば、PのMが実験などの手はずを行っていたこと、Sの中でも本件特許明細書に記載されるような実験をしたり実験を依頼したことはないこと、また、甲もVが本件特許発明の発明者であることに疑問を感じていたという証言があること、上記証人乙の証言及びその陳述書(甲第l0号証)によれば、Mが北海道や雲仙普賢岳などにおいて緑化材の実験施工の指導を行っており、上記のように当時の関係者の多くがMが発明者であると認識していたこと、本件特許発明が実質的に記載されている請求人特許発明の発明者はMと記載されていること等から、本件特許発明の発明者はMとみることが妥当である。

したがって、甲が当時発明者であると信じていたVは発明者ではなく、Mからの情報に基づいて本件発明に関わる製品を作らせるため、その情報を甲に提供していたものと認められる。

そして、本件特許出願とは別にPとIとの共同出願がなされ、請求人特許発明(発明者はM)として成立したことから見ると、VはMに対して甲を出願人とする本件特許出願の事実を伝えていなかったとみることができ、しかも、Vは自身が本件特許発明の発明者であると甲に思わせていた(第1回請求人8)ことを考えあわせると、もし、VがMから、本件発明の特許を受ける権利の承継を適切に行っていたのであれば、Vは双方に対し、その事実を伏せておく理由はない点、Vは当時資金繰りに困っており(第2回請求人076)、甲が連絡をとってもとれなくなった点をあわせ考えると、VはMから、本件発明の特許を受ける権利の承継を適切に行っていたとみることはできない。

以上検討したことによれば、当時Vは、できるだけ早く本件発明の実施を行いたかったものの資金繰りに困っていたためMから適切に特許を受ける権利を承継しないまま、甲による資金融通や本件発明の実施のための工場建設資金の見返りに甲の特許出願を許したとみることができる。反対に甲は多額の資金をつぎ込んで事業化をするに当たり、その事業を特許権で保護するため、Vから回収できなかった資金、及び事業化に当たっての資金投入の見返りの一つとして本件特許発明の出願人名、発明者名での出願をVに認めさせたと考えることが妥当である。

そうすると、本件特許発明と請求人特許発明が上記のようにその技術的思想が一致してその出所が同じと解することができる以上、本件特許発明は、発明者でない甲がその発明について特許を受ける権利を適切に承継しないまま特許出願をし、特許されたとみるべきである。

7.むすび
 以上のとおりであるから、本件請求項1~3に係る発明の特許は、特許法第123条第1項第6号に該当し、その特許を無効とすべきものである。
 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
 よって、結論のとおり審決する。

平成16年3月l0日
(審判長特許庁審判官・村山隆、特許庁審判官・塩崎進、特許庁審判官・鈴木寛治)