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保険関連事件

001

H14.12.17 長崎地裁島原支部

保険金請求事件

平成14年12月17日判決言渡
平成12年(ワ)第93号 保険金請求事件
(口頭弁論終結日 平成14年11月19日)

判   決

原告 有限会社A
同訴訟代理人弁護士 A’

被告 B保険株式会社
同訴訟代理人弁護士 松坂祐輔,同・小倉秀夫,同・大下信

主   文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告の請求
(1)被告は,原告に対し,金1225万円及びこれに対する平成12年5月31日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)訴訟費用の被告負担

(3)仮執行宣言

2 被告
(1)請求棄却
(2)訴訟費用の原告負担

第2 事案の概要
本件は,原告が,Nの過失によって損害を被り,Nに対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとして,その請求権を保全するため,Nに代位して,Nとの間で賠償責任危険担保特約付帯の家族傷害保険契約を締結していた被告(保険会社)に対し,保険金を請求した事案である。

1 前提となる事実
争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)当事者
原告は,鹿の生産改良,処理,加工販売等を目的とする有限会社であり,牧場(以下「原告牧場」という。)において鹿を飼育し,医薬品等の原料として鹿の角(鹿茸)を主に関連会社に販売している(甲1の1,原告代表者)。

被告は,損害保険業を行う株式会社である(争いなし)。

Nは,Cの商号で造園業を営む者である(争いなし)。Nは,原告代表者と知り合いであり,原告代表者の自宅の剪定作業を行ったりしていた(証人N,原告代表者)。

(2)原告牧場の鹿の死亡事故の発生
Nは,平成12年5月20日と同月22日の2日間にわたり,業務としてM宅の庭木の剪定作業を行い,剪定作業が終了した同月22日の夕方,剪定された枝の一部は自宅の処理場で自然に腐敗させて処分するため自宅へ持ち帰ったが,残りの枝を,鹿の餌として提供しようと考えてM宅から原告牧場に搬入し,原告代表者の了解のもとに,鹿が食べられる状態で牧場内に置いた。Nが剪定された枝をM宅から搬出することもMから有償で依頼された業務であった。しかし,その枝の中には,動物に対して有毒な夾竹桃の枝が混在していたため,それを食べた原告所有の26頭の鹿が,夾竹桃の毒が原因で同月23日から同月31日の間に次々に死亡した(以下「本件事故」という。)。造園業を営むNは,夾竹桃が動物にとって有毒であることは知っており,前記剪定作業の際,夾竹桃の枝を剪定したことも認識していたが,剪定した枝を自宅及び原告牧場へと搬出する際には,夾竹桃の枝の所在を確認しなかったため,原告牧場で鹿の餌として提供した枝の中に夾竹桃があることに気づかなかった(甲2,6,証人N,原告代表者)。

(3)保険契約(争いなし)
Nと被告は,下記のとおり,賠償責任危険担保特約付帯の家族傷害保険契約を締結していた。

ア 契約日 平成12年4月11日
イ 保険期間 同月13日から平成13年4月13日
ウ 被保険者 N及び同人の家族3人
エ 賠償責任の保険金額(責任限度額) 3000万円
オ 被告の支払責任

被保険者が,被保険者の日常生活に起因する偶然の事故により,他人の身体の障害または他人の財物の滅失,汚損もしくは毀損について,法律上の損害賠償責任を負担することによって被った損害等に対して保険金を支払う。但し,被保険者の職務遂行に直接起因する損害賠償責任等については保険金を支払わない。

2 争点
(1)争点1 債権者代位権による請求が認められるか。
(2)争点2 本件事故は,Nの職務遂行に直接起因する事故ではなく,日常生活に起因する偶然の事故といえるか。
(3)争点3 原告の具体的損害額

3 当事者の主張
(1)原告の主張
ア 争点1(債権者代位権による請求が認められるか。)について
Nは,剪定した枝を鹿の餌として原告牧場へ搬入する際は有毒な夾竹桃を除外すべき注意義務があるのに,これを怠り,夾竹桃を原告牧場へ搬入したために本件事故が発生したものであり,Nは,原告に対し,民法709条の不法行為責任を負う。

Nは,月収10万円から12万円の零細業者であって,原告に対し損害賠償をする資力は無い。従って,原告は被告に対し,民法423条の債権者代位権に基づき,原告の損害額相当の保険金を請求する権利を有する。

イ 争点2(本件事故は,Nの職務遂行に直接起因する事故ではなく,日常生活に起因する偶然の事故といえるか。)について

Nは,庭木の剪定作業から出た枝は,全て自宅の処理場に搬入し,そこで処理していたのであるが,原告の鹿が剪定した枝の葉を食べるのを知って,原告代表者が友人であるため,好意から原告の鹿の飼料として贈与したものであって,これまでに原告に対しても他の者に対しても一度も剪定した枝を与えたことはなかった。Nが剪定した枝を原告の鹿に与えた行為は,Nの職務と時間的に関連があることは否定できないが,職務として行われたものではない。剪定作業によって発生した樹木,枝葉などは,「産業廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の一般廃棄物であり,廃棄物の種類に応じて定められた処理基準に従った処理をしなければならないのであって,剪定後の樹木や枝葉等を鹿の餌に供するためこれを他人に贈与することは,職務遂行上の廃棄物処理とは言えない。Nにも職務上の廃棄物処理との認識はなく,職務とは無関係の友人間の行為としての認識しかなかった。

よって,Nの原告に対する損害賠償責任が職務遂行に直接起因したものでないことは明らかであり,被告には保険金の支払義務がある。

ウ 争点3(原告の具体的損害額)について
(ア)原告は,原告所有の鹿が死亡したことにより,別紙損害金額の算定記載のとおり9695万7456円の損害を被った。原告は,鹿の死亡により鹿角販売による利益を得られなくなったのであり,この得べかりし利益が損害である。本件の鹿のように市場性がなく,従って市場価格の相場もない物については,死んだ鹿の交換価値によっては損害は填補されないのであり,鹿死亡による逸失利益が損害と認められるべきである。

(イ)被告の過失相殺の主張に対する反論
原告代表者が獣医の資格を有しており,夾竹桃が有毒であることを知っていたことは認める。

造園業を行っている者は夾竹桃が動物に対して有毒であることはよく知っており,造園業者から贈与された樹木,枝葉に夾竹桃が混入していないと考えるのは当然であって,原告代表者には夾竹桃の有無を確認する注意義務はない。

エ よって,原告は,被告に対し,保険金の内金1225万円及びこれに対する本件事故の最終日(本件事故により死亡した鹿の最後の死亡日である平成12年5月31日)から完済に至るまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)被告の主張
ア 争点1(債権者代位権による請求が認められるか。)について
Nは,倒産状態にあるわけでもなく,通常どおりの造園業を営んでいるのであり,本件請求は債権者代位権の要件を満たしていない。

イ 争点2(本件事故は,Nの職務遂行に直接起因する事故ではなく,日常生活に起因する偶然の事故といえるか。)について

Nは,造園業者であり,従って,剪定作業後に当該作業により発生した樹木,枝葉等の処分を行うことは,当然ながら造園業の業務に含まれる。造園業に限らず,仕事の遂行により発生したゴミの処分,道具や工具類の片づけ,現場の清掃等が,当該業務の一部であることは論を待たない。Nは,剪定作業の依頼主から,剪定によって発生する枝葉の処理を依頼されていた。

法律上も,剪定作業後に発生した樹木,枝葉等の処理は,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の一般廃棄物として適正に処理されなければならず,Nには,その義務がある。従って,剪定作業後に発生した樹木,枝葉等を,鹿の餌に供するため贈与すること(廃棄物の減量する方法による処分)を含めて,どのような方法で処理するか(焼却,土に埋める等)は,造園業者としてのNの業務に他ならない。

従って,本件事故が日常生活に起因する事故でないことは明らかであり,被告には保険金支払義務はない。本件のような職務遂行に伴う事故については,本件保険契約では担保されず,別に請負賠償責任保険・生産物賠償責任保険(賠償責任保険請負業者特別約款・同生産物特別約款)が用意されている。

ウ 争点3(原告の具体的損害額)について
(ア)原告は,それぞれの鹿について,人損のごとく,消極損害である逸失利益の算定を行っている。しかし,鹿は物であって人ではなく,損害の算定は鹿の交換価値によるべきである。物である鹿が付加価値を生み出す素であるとしても,そのような付加価値を生み出す素としての価値が,鹿の交換価値に他ならない。原告の主張は,物損を人損と混同したものであり,誤りである。

鹿の価格については明確な流通価格はないが,1頭1万円から2万円程度である。

(イ)過失相殺
原告代表者は,獣医の資格もあるとのことであり,夾竹桃が有害であるとの事実は,当然に知悉していたものである。

従って,鹿の餌として贈与を受けた揚合であっても,原告側が,贈与を受けた樹木等の中に,夾竹桃に限らず有毒なものが含まれているかを確認すべき義務のあることは当然である。よって,原告側に相当程度の過失相殺が認められることは明らかである。

第3 争点に対する判断
1 争点1(債権者代位権による請求が認められるか。)について
前提となる事実によれば,Nは,剪定された枝を鹿の餌として原告牧場へ搬入するにあたり,有毒な夾竹桃が混入していないか確認すべき義務があるにもかかわらず,これを怠った過失により,夾竹桃を原告牧場へ搬入し,これを食べた原告所有の鹿26頭が夾竹桃の毒によって死亡したのであるから,原告は,Nに対し,鹿の死亡について不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

証人Nによれば,Nは,妻と子を従業員として造園業を営んでおり,収入が月30万円程度(従業員である妻と子の分も含めて)であるが,生活費と住宅ローン等諸々の借金の返済を合計すると支出もほぼ月30万円程度かかること,借地上に建物を所有しているが,住宅ローンも相当の残額があることが認められる。

よって,原告は,Nに対する不法行為に基づく損害賠償請求権を保全するために,Nに代位して被告に対して本件請求を行うことができるというべきである。

2 争点2(本件事故は,Nの職務遂行に直接起因する事故ではなく,日常生活に起因する偶然の事故といえるか。)について

前提となる事実によれば,Nは,業務として行ったM宅の剪定作業によって生じた枝を,鹿の餌として原告牧場に提供するため,剪定作業終了直後,M宅から直接原告牧場へ搬入して本件事故が発生していること,M宅から剪定された枝を搬出することも原告がMから依頼された業務であったことが認められる。

造園業を営む者の業務としては,剪定した現場から剪定された枝を搬出することで直ちに終了するものではなく,その枝を処分するところまで含まれると解するのが相当である。本件でNは,M宅での剪定作業終了直後,剪定された枝をM宅から直接原告牧場へ搬入しているのであり,NがM宅から枝を搬出した時点で職務が終了したと解することはできず,枝を原告牧場に搬入したこともまた,剪定された枝の処分の一環としてNの職務遂行の範囲に属するというべきである。本件のような事故は,業として日々樹木の剪定を行い,時には動物に有害な樹木の剪定をも行う造園業者の職務において類型的に想定できないものではなく,職務遂行に直接起因しない,日常生活に起因する偶然の事故を対象とする本件保険契約の対象外であるというべきである。

本件事故が職務遂行に直接起因する事故であることを否定する事情として原告が主張する点,すなわち,①Nが剪定された枝を鹿の餌として原告牧場に搬入した行為について,過去にはなく本件が初めてであったか否か,②その処理方法が廃棄物の処理及び清掃に関する法律に違反する処理であるか否か,③その動機,Nの認識(Nが原告代表者と友人であったために好意からしたものか否か。),④原告に対する枝の提供が有償か否かという点は,いずれも職務遂行に直接起因するか否かを左右する事情とは言えない。剪定された枝を原告牧場へ搬入することが初めてであり,廃棄物の処理及び清掃に関する法律に違反するものであっても,職務としての枝の処分であること自体は否定できないし,また,Nが原告代表者と友人であったことから,好意で枝を贈与したとしても,それは,行為の1面であり,職務としての枝の処分であることと両立するのであって,そのことを否定する事情ではない。

以上のとおり,本件事故は,Nの職務遂行に直接起因する事故でない日常生活に起因する偶然の事故であるとは認められない。

よって,争点3(原告の具体的損害額)を判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却する。

長崎地方裁判所島原支部
(裁判官・藤澤孝彦)
(別紙)

損害金額の算定
1.概要
(1)本件事故により死亡滅失した鹿(以下,「本件鹿」という。)について,死亡滅失による逸失利益の金額を算定し,これを以って,本件請求に係る損害金額とする。

(2)本件鹿は,主として鹿角採取の用途に供するため飼育されていたものであるから,鹿角販売による純利益金額をもって逸失利益の金額とする。なお,鹿角を採取することができるのはオス鹿のみであるが,メス鹿は年1頭の出産をしこの半数はオス鹿であると推定できるので,本来メス鹿にかかる逸失利益はオス鹿のそれを下回ることはあり得ない。従って,雌雄を問わず同様の取扱いとする。

(3)本件鹿について,年齢2歳以上のものを「親鹿」,同1歳以上2歳未満のものを「若鹿」,同1歳未満のものを「仔鹿」と区分する。

2.逸失利益の金額
(1)鹿の平均寿命年数
   15年

(2)鹿角の平均採取可能年数
   12年(年齢3歳乃至15歳)

(3)鹿1頭当りの年間平均鹿角採取量(生角換算)
   赤鹿:5.0kg
   ダマ鹿及び梅花鹿:1.8kg

(4)有限会社Aから株式会社Dヘの生角販売金額
   1kg当り:150,000円

(5)鹿1頭当りの生角年間販売金額
   赤鹿:750,000円(150,000円×5.0kg)
   ダマ鹿又は梅花鹿:270,000円(150,000円×1.8kg)

(6)販売金額に対する飼料費の比率
   21%(25,482,335円÷120,722,692円)

(注)上記比率は,有限会社Aの平成11年8月期から平成13年8月期までの3営業年度における,飼料費の合計額の売上高の合計額に占める割合であるが,算定基礎は下記の通りである(同社の損益計算書による。)

   平成13年8月期:売上高42,450,000円 飼料費8,242,220円
   平成12年8月期:売上高45,722,000円 飼料費9,112,726円
   平成11年8月期:売上高32,550,692円 飼料費8,127,389円
   合計額:売上高120,722,692円 飼料費25,482,335円

(7)鹿1頭当りの生角年間純利益金額(年間販売金額×(1-飼料費率))
   赤鹿:592,500円(750,000円×(1-21%))
   ダマ鹿又は梅花鹿:213,300円(270,000円×(1-21%))

(8)生角採取可能年数とこれに対応するライプニッツ係数
 親鹿:事故時期の推定年齢:7.5歳
   採取可能年数:7.5年(15年-7.5年)
   適用するライプニッツ係数:5.786

 若鹿:事故時期の推定年齢:2歳
   採取可能終期までの年数:13年(15年-2年)
   同上に対応するライプニッツ係数:9.394
   採取可能始期までの年数:1年(3年-2年)
   同上に対応するライプニッツ係数:0.952
   適用するライプニッツ係数:8.442(9.394-0.952)

 仔鹿:事故時期の推定年齢:1歳
   採取可能終期までの年数:14年(15年-1年)
   同上に対応するライプニッツ係数:9.899
   採取可能始期までの年数:2年(3年-1年)
   同上に対応するライプニッツ係数:1.859
   適用するライプニッツ係数:8.040(9.899-1.859)

(9)1頭当りの逸失利益の金額
   赤鹿(親鹿):3,428,205円(592,500円×5.786)
   赤鹿(若鹿):5,001,885円(592,500円×8.442)
   赤鹿(仔鹿):4,763,700円(592,500円×8.040)
   ダマ鹿・梅花鹿(親鹿):1,234,153円(213,300円×5.786)
   ダマ鹿・梅花鹿(若鹿):1,800,678円(213,300円×8.442)
   ダマ鹿・梅花鹿(仔鹿):1,714,932円(213,300円×8.040)

(10)本件鹿の逸失利益の金額
   赤鹿(親鹿):37,710,255円(3,428,205円×11頭)
   赤鹿(若鹿):30,011,310円(5,001,885円×6頭)
   赤鹿(仔鹿):23,818,500円(4,763,700円×5頭)
   ダマ鹿・梅花鹿(親鹿):3,702,459円(1,234,153円×3頭)
   ダマ鹿・梅花鹿(仔鹿):1,714,932円(1,714,932円×1頭)

   合計:96,957,456円

3.本件請求にかかる損害金額

   96,957,456円