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保険関連事件

006

H15.12.9 最高裁

保険金請求事件

平成15年12月9日判決言渡
平成14年(受)第219号

判   決

当事者目録省略

上記当事者間の大阪高等裁判所平成12年(ネ)第2181号ないし第2185号保険金請求事件について,同裁判所が平成13年10月31日に言い渡した判決に対し,上告人から上告があった。よって,当裁判所は,次のとおり判決する。

主   文

原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理   由
上告代理人溝呂木商太郎,同橋本勇,同松坂祐輔,同小倉秀夫,同田中美春,同森川憲二,同多田徹の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 被上告人X1は原判決別表22の家財及び貴金属(以下「本件家財及び貴金属(被上告人X1)」という。)を,被上告人X2は同表23の建物及び家財(以下「本件建物及び家財(被上告人X2)」という。)を,被上告人X3は同表24及び25の建物(以下「本件建物(被上告人X3)」という。)を,それぞれ所有し,又は占有していた(以下,これらの建物や家財等を「本件建物等」という。)。

(2) 平成7年1月17日午前5時46分,阪神・淡路大震災が発生した(以下,この震災に係る地震を「本件地震」という。)。同日午後2時ころ,Aの店舗から出火し,これが延焼,拡大して,木件建物等を含む85棟の建物等が全焼するなどの被害が発生した(以下,この火災を「本件火災」という。)。

(3) 被上告人X1は本件家財及び貴金属(被上告人X1)につき,被上告人X2は本件建物及び家財(被上告人X2)につき,被上告人X3は本件建物(被上告人X3)につき,本件地震の発生以前に,Yとの間で,それぞれ火災保険契約(以下「本件各火災保険契約」という。)を締結した。本件各火災保険契約に適用される保険約款には,地震等によって生じた損害(地震等によって発生した火災等が延焼又は拡大して生じた損害及び発生原因のいかんを問わず火災等が地震等によって延焼又は拡大して生じた損害を含む。)に対しては,保険金を支払わない旨の条項(以下「地震免責条項」という。)がある。

Yは,平成13年10月1日,上告人に合併された。

本件建物等が焼失したのは,上記のとおり,Aの店舗を火元とする火災が本件地震によって延焼又は拡大したことによるものであり,本件建物等の焼失は,地震免責条項所定の地震等によって生じた損害に該当するものである。

(4) 火災保険契約に適用される保険約款には,上記のように地震免責条項が定められているのが一般的であり,他方,地震を原因とする火災等により生ずる損害をてん補するものとして,地震保険に関する法律に基づき,地震保険の制度が設けられている。

地震保険契約は,単独では締結することができず,特定の損害保険契約に附帯して締結するものとされている(同法2条2項3号)。各保険会社の事業方法書によれば,地震保険は,火災保険等の契約者が地震保険を附帯しない旨の申出をしない限り,火災保険契約等に附帯して引き受けるものとされており,上記申出がない場合には,保険会社と当該契約者との間で,地震保険の保険金額と保険料についての合意をした上で地震保険契約が締結されることとなる。そして,火災保険の契約者が地震保険にも加入するか否かの意思を確認するために,火災保険契約の申込書には,一般的に,「地震保険ご確認欄」(地震保険を申し込まない旨の文言が記載されている欄。以下「地震保険不加入意思確認欄」という。)が設けられており,地震保険の附帯を希望しない契約者は,その欄に押印をすることとされている。

本件各火災保険契約の申込書の「地震保険は申し込みません」との記載のある地震保険不加入意思確認欄には,被上告人X2及び同X3が自らの意思に基づきその印章により顕出した印影,又は被上告人X1の印影が存在し,Yと被上告人らとの間で,本件地震が発生する前に地震保険契約が締結されたとの事実はない。

Yは,被上告人らに対し,本件各火災保険契約の締結に当たり,地震保険の内容(地震免責条項を含む。)及び地震保険不加入意思確認欄への押印をすることの意味内容に関する事項(以下「本件地震保険に関する事項」という。)について,特段の情報提供や説明をしなかったが,これらの事項を意図的に秘匿した上で,同欄への押印を要求したなどという事実はない。

2 被上告人らは,上告人に対し,(1) 主位的請求として,本件地震後に発生した本件火災により本件各火災保険契約の目的物が焼失したと主張して,本件各火災保険契約に基づき,火災保険金の支払を求め,(2) 予備的請求(その1)として,被上告人らは,Yに対し,本件各火災保険契約の締結に当たって,地震保険を附帯しない旨の有効な申出をしていないから,Yと被上告人らとの間で地震保険契約が締結されたことになるなどと主張して,同契約に基づき,地震保険金の支払を求め,(3) 予備的請求(その2)として,Yは,本件各火災保険契約の締結をする際に,被上告人らに対し,本件地震保険に関する事項について情報提供や説明をすべき義務があったにもかかわらず,これを怠ったなどと主張して,保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。なお,同法は,平成7年法律第105号により廃止された。)11条1項,不法行為,債務不履行又は契約締結上の過失に基づき,第1次的には,財産上の損害賠償として火災保険金相当額の支払又は地震保険金相当額から保険料相当額を控除した差額金の支払を,第2次的には,精神的苦痛に対する慰謝料として地震保険金相当額から保険料相当額を控除した差額金の支払を,それぞれ求めた。

3 原審は,被上告人らの主位的請求,予備的請求(その1)及び予備的請求(その2)のうちの上記第1次的請求(財産上の損害賠償請求)は,いずれも棄却したが,予備的請求(その2)のうちの上記第2次的請求(慰謝料請求)については,次のとおり判断して,被上告人らの請求を一部認容した。

(1) 本件地震保険に関する事項についての情報は,火災保険契約を締結しようとする者が地震災害にどのように対処するかを決定するに当たって不可欠の情報であり,募取法16条1項1号所定の「保険契約の契約条項のうち重要な事項」に該当すると解されること,保険会社と火災保険の契約者との間において地震保険に関する情報面での格差が著しいことなどからすると,Yは,被上告人らに対し,本件各火災保険契約の締結に当たって,本件地震保険に関する事項(地震保険の内容及び地震保険不加入意思確認欄への押印の意味,すなわち同欄への押印によって地震保険不附帯の法律効果が生ずること)についての情報提供や説明をすべき信義則上の義務があるというべきである。

しかるに,Yは,被上告人らに対し,上記の義務の履行を怠った。

(2) Yが,被上告人らに対し,上記の義務を履行することによって,被上告人らが地震保険契約の申込みをした可能性も否定できないのであって,この自己決定の機会を喪失したことにより被上告人らが被った精神的苦痛は,Yの上記の義務の違反と相当因果関係のある損害である。

(3) そして,被上告人らが被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,地震保険金相当額から保険料相当額を控除した差額金の10分の1の金額が相当である。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
原審の上記判断に係る被上告人らの上記予備的請求(その2)のうちの第2次的請求(慰謝料請求)は,要するに,被上告人らは,Y側から本件地震保険に関する事項について適切な情報提供や説明を受けなかったことにより,正確かつ十分な情報の下に地震保険に加入するか否かについての意思を決定する機会が奪われたとして,上告人に対し,これによって被上告人らが被った精神的損害のてん補としての慰謝料の支払を求めるものである。このような地震保険に加入するか否かについての意思決定は,生命,身体等の人格的利益に関するものではなく,財産的利益に関するものであることにかんがみると,この意思決定に関し,仮に保険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分,不適切な点があったとしても,特段の事情が存しない限り,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することはできないものというべきである。

このような見地に立って,本件をみるに,前記の事実関係等によれば,次のことが明らかである。(1) 本件各火災保険契約の申込書には,「地震保険は申し込みません」との記載のある地震保険不加入意思確認欄が設けられ,申込者が地震保険に加入しない場合には,その欄に押印をすることになっている。申込書にこの欄が設けられていることによって,火災保険契約の申込みをしようとする者に対し,①火災保険とは別に地震保険が存在すること,②両者は別個の保険であって,前者の保険に加入したとしても,後者の保険に加入したことにはならないこと,③申込者がこの欄に押印をした場合には,地震保険に加入しないことになることについての情報が提供されているものとみるべきであって,申込者である被上告人らは,申込書に記載されたこれらの情報を基に,Yに対し,火災保険及び地震保険に関する更に詳細な情報(両保険がてん補する範囲,地震免責条項の内容,地震保険に加入する場合のその保険料等に関する情報)の提供を求め得る十分な機会があった。(2) 被上告人X2及び同X3は,いずれもこの欄に自らの意思に基づき押印をしたのであって,Y側から提供された上記①~③の情報の内容を理解し,この欄に押印をすることの意味を理解していたことがうかがわれるし,被上告人X1についても,この欄に同被上告人の印影が存在する。(3) Yが,被上告人らに対し,本件各火災保険契約の締結に当たって,本件地震保険に関する事項について意図的にこれを秘匿したなどという事実はない。

これらの諸点に照らすと,本件各火災保険契約の締結に当たり,Y側に,被上告人らに対する本件地震保険に関する事項についての情報提供や説明において,不十分な点があったとしても,前記特段の事情が存するものとはいえないから,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することはできないものというべきである。したがって,前記の事実関係の下において,被上告人らの上告人に対する前記の募取法11条1項,不法行為,債務不履行及び契約締結上の過失に基づく慰謝料請求が理由のないことは明らかである。

5 以上によれば,上告人の被上告人らに対する慰謝料の支払義務を肯定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの情報提供・説明の義務違反を理由とする損害賠償請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は結論において正当であるから,上記部分に対する被上告人らの控訴を棄却すべきである。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官・藤田宙靖,同・金谷利廣,同・濱田邦夫,同・上田豊三

上告代理人溝呂木商太郎,同橋本勇,同松坂祐輔,同小倉秀夫,同田中美春,同森川憲二,同多田徹の上告受理申立て理由

頭書の上告受理申立事件について、申立人は、下記のとおり上告受理申立理由書を提出する。

なお、本件には、関連事件として、平成13年(ネオ)第489号上告事件が存在し、双方の理由が密接に関連するため、本上告受理申立理由書には、上記上告理由についても言及して主張することとする。

第1 総説
本上告受理申立理由書の構成は、以下のとおりである。

前述したとおり、本上告受理申立理由は、関連事件である上告事件の上告理由と密接に関連するので、上告理由についても言及しつつ、上告受理申立理由を明らかにする。

(1) 原判決の構造・問題点
上告理由及び上告受理申立理由の理解のため、まず原判決の構造と問題点を指摘する。

(2) 上告理由
原判決は、種々の争点につき判断がなされているが、各争点間の理由・結論には明らかに理由不備、理由齟齬の違法があり、これを明らかにする。

(3) 上告受理申立理由
① 他の高等裁判所判例との齟齬
損害保険契約締結に際しての情報提供・説明義務の存否、同義務違反を根拠とする自己決定権の侵害及びこれに基づく慰謝料請求の認容については、最高裁判所の判例が存在しないところ、原判決と相前後して、同じ大阪高等裁判所において、同じ阪神・淡路大震災での保険金請求事件に関する下記2件の判決が言い渡された。

i) 大阪高等裁判所平成13年(ネ)第15号
火災保険金等請求控訴事件
第13民事部判決
平成13年10月26日言渡(以下「第15号判決」という。資料1、2参照)

ii) 大阪高等裁判所平成12年(ネ)第2399号~第2402号
火災保険金・共済金請求各控訴事件
第11民事部判決
平成13年11月21日言渡(以下「第2399号他判決」という。資料3参照)

しかるところ、第15号判決はもともと地震保険に関する情報提供・説明義務そのものを認めず、第2399号他判決も形式的に情報提供・説明義務を認めるものの、その義務違反に基づく損害賠償請求を認めておらず、原判決とは全く異なる判決内容となっており、原判決はこれら他の高等裁判所の判例と明らかに齟齬を来している。

② 法令解釈に関する重要な誤り
地震免責条項・地震保険に関する情報提供・説明義務の根拠、及び損害賠償請求(「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合の慰謝料請求)の認容根拠について、原判決は、明らかに従来の法令解釈から逸脱しており、その他の法令解釈に関する重要な誤りとともに、この点を明らかにする。

(4) 結語

第2 原判決の構造・問題点
1 原判決の構造
(1) 本件訴訟での争点は多岐にわたっているが、本件上告・上告受理申立と関係する部分のみを取り上げると以下の部分である。

(2) 地震保険契約に基づく地震保険金の支払義務について(予備的請求その1原判決p90~)
① 原判決は、地震保険契約は一般の火災保険契約とは別の契約であり、別途の意思表示が必要であるとし、特定の損害保険に加入すれば当然に地震保険契約が成立するとの法令(地震保険法・同法施行規則)は存在しないとしている。

そして、一般の火災保険契約の申込の過程で、地震保険の意思確認欄への押印がなかったり、同押印について何らかの瑕疵があったとしても、それ故に自動的に地震保険契約が締結されたとは到底いえないとして、地震保険契約締結に基づく地震保険金の支払義務を否定している。

② 上記原判決の判示は、「第15号判決」及び「第2399号他判決」とも同様の結論であり、極めて正当な内容である。

 

 

(3) 地震免責条項についての情報提供・説明義務違反に基づく損害賠償責任の有無について(予備的請求その2の1 原判決p91~)

① 原判決は、普通保険約款につき、保険契約者が個別具体的な約款条項の内容を熟知していなくとも、同約款条項は保険契約者ないし被保険者を拘束するとして、保険契約の附合契約性を正面から認める判示を行っている。

② これに続いて、原判決は、保険契約者は地震免責条項を含む火災保険契約を締結するか否かの選択権を有していたのみであり、火災保険契約を締結する以上は地震免責条項を含む火災保険契約を締結するほかなかったとして、地震免責条項に関する説明の欠缺を理由とする保険会社側の損害賠償責任は認められないとしている。

③ ところが、上記の損害賠償責任を否定しながら、原判決は、地震保険に関する情報提供・説明義務を認め、その一環として地震免責条項についても一定の説明義務を負うとの判示をしている(原判決p93)。

(4) 地震保険及び地震保険の意思確認欄(火災保険契約申込書上の)への押印に関する一般的な情報提供・説明義務違反に基づく損害賠償責任の有無について(予備的請求その2の2 原判決p93~)
① 原判決は、地震保険及び地震保険の意思確認欄への押印の意味(同欄への押印によって地震保険不付帯の法律効果が生じること)について、情報提供・説明をすべき信義則上の義務があるとしている(原判決p95)。

② 続いて、原判決は、保険契約申込書の地震保険意思確認欄に押印又はサインがなされているもののうち、第1審原告Bを除く第1審原告ら(第1審原告Bは他に地震保険契約を締結している事実があることから、地震保険契約の内容を知悉しており、地震保険不付帯につき保険会社側には説明義務違反がないとの趣旨と解される。)については、全て上記の情報提供・説明義務違反があったとしている(原判決p96)。

③ そして、原判決は、上記の情報提供・説明義務違反による自己決定権侵害を認めるが、その損害としては、地震保険に加入していれば得られたであろう地震保険金相当額から地震保険料相当額を控除した額(以下「予備的請求額」という。)については、これを否定している(原判決p97)。

④ ところが、原判決は、最後に一転して、地震保険及び意思確認欄の説明を受けていれば、第1審原告らが、地震保険契約締結の申込をした可能性も否定できないとして、自己決定の機会を喪失したことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求を認め、その損害額については、保険会社側の義務違反が故意に地震保険及び意思確認欄への押印の意味内容を秘匿した上、同欄への押印を要求した態様のものとまで認め難く、不作為の違法にとどまっていると解せられるとして、予備的請求額の10分の1を慰謝料として認めている。

2 原判決の問題点
(1) 地震免責条項に関する情報提供・説明義務について
原判決は、地震保険及び地震保険の意思確認欄への押印に関する情報提供・説明義務を認め、その一環として地震免責条項についても一定の範囲で情報提供・説明義務があるとの趣旨の判示を行っている。

しかし、後述するとおり、地震保険等に関して情報提供・説明義務を認めたこと自体が誤りである。従って、これを前提に、一定の範囲とはいえ地震免責条項に関して情報提供・説明義務を認めた原判決の理由不備・理由齟齬は明らかである。

(2) 地震保険及び地震保険の意思確認欄(火災保険契約申込書上の)への押印に関する一般的な情報提供・説明義務について
① 「第15号判決」は、「地震免責条項や地震保険に関する情報を控訴人(保険契約者)に開示すべき義務を定めた実定法上の明文の規定はなく(なお、募取法16条1項、11条1項はいわゆる取締り法規であって、契約当事者間の権利関係を直接律するものではない。)」とし、更に「不法行為の成立の前提となるような、承継前被控訴人(保険会社)が控訴人(保険契約者)に対し地震免責条項や地震保険に関する情報を開示すべき信義則上の作為義務を負うと解することはできず」と判示して、原判決のいう情報提供・説明義務の存在を否定している。

② これに反する原判決の理由は、下記のとおりであるが、これらの理由は合理性がない。
(a) 保険会社と消費者との間で、地震保険に関する情報面での格差が著しいこと。
上記の点は、地震保険のみに特有のものではなく、あえて言えば全ての保険契約、全ての附合契約に共通する内容である。

附合契約の一般的な性質をもって、本件地震保険・意思確認欄に関する情報提供・説明義務の根拠とすることが出来ないことは、むしろ自明のことと言える。

(b) 原則付帯方式、及び地震保険の意思確認欄への押印による地震保険不付帯の意思の確認という運用方式は、地震保険・意思確認欄への押印についての情報提供・説明を当然の前提としていること。

地震保険の原則付帯方式というのは、「地震保険は当該契約単独で締結することはできず、地震保険の締結は、必ず基本となる火災保険契約の締結が前提となる」という意味であって、基本契約である火災保険契約が締結されれば、当然に地震保険契約を締結しなければならないという意味ではない。この点は、原判決も認めている(原判決p90~91)。

地震保険において原則付帯方式(地震保険の意思確認欄への押印による地震保険不付帯の意思の確認という運用方式)がとられているのは、地震保険の普及・PRという目的があるにせよ、法的には、地震保険の締結には、必ず基本となる火災保険契約の締結が前提となるという意味にすぎないものである。

原判決は、一方で原則付帯方式の意味を理解して地震保険契約の成立を否定しながら、他方でその情報提供・説明義務の存否という場面では原則付帯方式の意味を曲解しており、明らかに矛盾している。

(c) 地震保険の改正時の審議会答申・委員会での質疑応答でも、上記説明の重要性が指摘されていること。

上記の指摘は、法案の立案及び審議の段階における議論に過ぎず、その議論の結果が立法に反映されて初めて債権(権利)・債務の問題となるのである。「第15号判決」が判示するとおり、「地震免責条項や地震保険に関する情報を控訴人(保険契約者)に開示すべき義務を定めた実定法上の明文の規定は(存在し)な」いのであり、審議会での意見により、民間保険会社が法律上の義務を負うことは有り得ない。

(d) 旧募取法(現保険業法)での、説明義務が課されている重要事項に該ると解されること。
まず、「第15号判決」が判示するとおり、「募取法16条1項、11条1項はいわゆる取締り法規であって、契約当事者間の権利関係を直接律するものではない。」

また、募取法16条1項1号にいう「重要な事項を告げない行為」を禁じている立法趣旨は、加入する保険契約の約款内に存在する保険契約者側に不利な条項を告知しなければならないとするものであって、当該保険契約(火災保険)の契約対象となっていない保険商品(地震保険)の内容と説明を義務付けたものではない。

即ち、同号は、契約者側に不利な契約内容を告げないで行う不当な勧誘を禁止するものであり、火災保険契約時に、それとは別の他の保険商品(地震保険)を勧誘すべき義務が規定されているのではない。

行政取締り法規たる募取法を持ち出し、私人間の法律関係である地震保険等に関する情報提供・説明義務を認定することには、明らかな論理矛盾がある。

(3) 個別当事者に関する情報提供・説明義務違反の認定について
① 地震保険の意思確認欄に押印・サインのある当事者について
上記の点につき、「第15号判決」が、保険会社側や銀行の各担当者が保険契約者に無断で保険契約申込書の地震保険の意思確認欄に保険契約者の印章を押捺する何らかの理由や必要があったと認めることはできないとして、同押捺は保険契約者の承認を得てなされたものと推認できるとしていることは、極めて合理的である。

地震保険は、その構造上特殊な形態となっている(原判決p17~18)ほか、高額の保険料を伴うものであり、保険会社からすれば、保険料も高額で、保険契約者を欺いてまで勧誘を行わない、あるいはその申込をあえて拒否するといった事由は何等存在しない保険商品である。

② 従って、保険会社側が、あえて地震保険の勧誘を行わなかったり、申込を拒否したりするはずはない。地震保険の普及・PR活動からしても、地震保険の意思確認欄に押印・サインのある場合には、当然のことながら火災保険契約者の意思のもとに、同契約者が地震保険への申込をしていないことが優に推認できるのである。

この点での原判決は、明らかに経験則違背を冒している。

(4) 情報提供・説明義務違反について慰謝料請求を認めた点について
① 原判決は、「予備的請求額」については否定したものの、自己決定権の侵害があるとして、「予備的請求額」の10分の1の額を慰謝料額として認めている。
「第2399号他判決」は、「説明義務違反ないし情報提供義務違反による損害賠償責任があるというためには、それを怠ったことにより、相手方の自己決定権を侵害し、そのため、相手方の人格又は財貨が具体的危険にさらされることを要すると解すべきであって、単に説明義務ないし情報提供義務に違反したというだけでは足りないことになる」と判示し、原判決が「予備的請求額」を否定した部分と同様の根拠をあげて、保険会社側の損害賠償責任を全面的に否定している。

② 原判決も、さすがに「予備的請求額」そのものの請求はこれを否定しているが、「予備的請求額」の10分の1を慰謝料として認めている。
しかしながら、「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合(原判決は、遅延損害金の割合を年6%としており、慰謝料請求の根拠を債務不履行としていることが明らかである。)には、原則として慰謝料請求を認めないというのが、日本における損害賠償法の体系であり、原判決は明らかにこれに反している。

そもそも、説明義務違反と自己決定権侵害の立論は、正に「生命・身体の侵害」である医療過誤事件を背景に発展してきたものである。そして、「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合に、例外的に慰謝料請求が認められるのは、これが「生命・身体の侵害」と同視できるような特別の事情がある場合に限られるのであり、この点については幾多の裁判例が存在する(詳しくは、民事裁判実務研究第4巻p118以下。資料4参照)。

③ 更に、原判決も認めるとおり地震保険契約締結に至る可能性は殆ど存在しないのであり、損害賠償請求の要件そのものが満たされないものである。
「第2399号他判決」も、上記内容を十分に理解しているからこそ、形式的に地震保険についての情報提供・説明義務を認めても、何らの損害賠償請求を認めていないのであり、これは日本における損害賠償法体系からして当然の結論である。

他方、原判決も、「保険会社側の義務違反が故意に地震保険及び意思確認欄への押印の意味内容を秘匿した上、同欄への押印を要求した態様のものとまで認め難く、不作為の違法に留まっていると解せられる」と判示している(原判決p98)。この判示内容からすれば、むしろ上記の「生命・身体の侵害に類するような特別の事情」や保険会社側が保険契約者側を騙して地震保険への加入を妨げたといったような信義則違反が問われるような事実関係は明確に否定されるのであり、到底本件において慰謝料請求が認められる法的根拠は存在しないものである。

④ 更に、原判決が認容する慰謝料請求は、結局のところ、保険契約に特有のモラルハザード事案であるアフロス契約(保険事故発生後に保険契約を締結して保険金を請求する)を認めるのと同様の結果となる。
原判決の結果は、結局のところ、情報提供・説明義務違反をたてに、自己が締結していない別個の保険契約につき保険金取得が可能であったはずだとの主張を許し、保険契約者が締結してもいない他の保険契約につき一定額(当該保険金額から保険料を控除した額の10分の1)の慰謝料を請求できることになるのであって、これでは保険制度は到底維持できないこととなる。

裁判所が事実上のアフロス契約を認めるかの如き原判決は、この点からも一刻も早く破棄されるべきものと考える。

第3 上告理由
1 理由不備・理由齟齬(民事訴訟法第312条第2項第6号)
事実認定が事実審の専権であることから、上告理由としての理由不備・理由齟齬は、一般に ① 認定された事実が判決主文の論理的前提たりうるか否か ② 認定された事実相互間に論理的な矛盾が存在しないか否か の範囲で判断するべきであるとされている。

上記基準は一見明確なようであるが、現実の訴訟の場面では、控訴審判決が明白に論理の前提となりえないような理由を付したり、明らかに矛盾した理由を付すことは考えらない。新民事訴訟法においても、理由不備・理由齟齬が上告理由の一つとして残されているのは、最高裁判所の判断が公権的に安定した結論を示すことが期待されていることのほかに、一般常識や社会通念とかけ離れた論理展開を防止し、何人にも理解できるような適切な理由により結論を導き、紛争当事者のみならず社会一般からも裁判制度に対する信頼と行為の予見可能性を確保するためである。

従って、理由不備・理由齟齬に該当するか否かは、単に判決文の文言のみから判断するのではなく、その判示が当該事案において、一般人を納得させるに足りる程度の理由と論理性を備えているか(事実や論理の齟齬はないか)によって判断されるべきものである。

以下では、上記に基づいて、原判決の理由不備・理由齟齬につき述べる。

2 地震免責条項に関する情報提供・説明義務(原判決p93)
原判決は、地震保険について保険会社側に情報提供・説明義務があるが故に、これの前提として地震免責条項に関しても一定の情報提供・説明義務が存在するとしている。

通常は、約款上の免責部分又は当該保険で填補されない部分を担保する手段として、他保険の内容等につき説明等が求められるのであり、本件でも、一般の火災保険では地震の際の火災損害が担保されないことから、これをカヴァーする地震保険の内容等の説明の要否が出てくるのである。

従って、まず他の保険につき情報提供・説明義務があり、遡ってその前提たる免責約款部分(原判決はこれの説明義務を否定している)にも一定の情報提供・説明義務があるとしたのでは、その論理展開が全く逆であり、明らかな論理矛盾がある。

3 地震保険契約の不成立と情報提供・説明義務
募取法16条1項1号はいわゆる行政取締り法規であり、契約当事者間の権利関係を直接規律するものでない。
同法16条1項1号の「保険契約のうち重要な事項を告げない行為」を禁じた立法趣旨は、加入する保険契約の約款内に存在する保険契約者側に不利な条項を告知しなければならないとするものであって、当該保険契約(火災保険)の契約対象となっていない保険商品(地震保険)の内容と説明を義務付けたものではない。即ち、契約者側に不利な契約内容を告げないで行う不当な勧誘を禁止するものであり、火災保険契約締結時に、それとは別の他の保険商品(地震保険)を勧誘すべき義務が規定されているのではない。

保険料が高額な地震保険にあっては、むしろ一般の火災保険に加入したら必ず地震保険に加入しなければならないなどとして、地震保険を勧誘することこそが禁じられているのである。

行政取締り法規である募取法を根拠とした情報提供・説明義務の肯定は、明白な理由不備と言える。

4 個別当事者に関する情報提供・説明義務違反の認定
(1) 原判決が、情報提供・説明義務違反を認定して、第1審原告らの請求につき一部認容するのであれば、上記違反の認定については、両当事者に十分な立証を尽くさせるべきである。

特に、第1審原告らの中には、第1審原告X2のように、神戸市東灘区の建物を目的とする本件住宅総合保険契約(契約日 平成6年11月7日。保険期間 平成6年11月19日~同7年11月19日-乙F第2号証)とは別に、この保険契約と同一日(契約日 平成6年11月7日)に、神戸市須磨区にある別の建物を目的として地震保険付帯の住宅総合保険を締結し(保険期間 平成6年11月19日~同7年11月19日)、しかも、阪神大震災後に、実際に地震保険金1500万円を受領している者がいる。(資料5~8参照。X2は、資料6及び8の保険契約によりに地震保険金1500万円を受領している。)X2は、上記の地震保険契約付保の経過からすれば、本件火災保険契約締結当時において、地震保険については、その説明を受けたか、あるいは、充分に知識を有していたことは疑いのないところである。

ところが、同X2は、その陳述書(甲第126号証)で、「被告(保険会社)や代理店からは、最初の契約時もその後の更新時においても、地震保険の話や地震免責条項の説明は全くありませんでした。そのため、私は、地震保険や地震免責条項について正確な知識がなかった。」などと述べている。

しかし、本件保険契約と同一日に、同一保険会社との間で締結した他の保険契約では、地震保険不附帯の意思確認欄に押印することなく、相当高額の地震保険料をも支払っている経過からすれば、本件保険契約締結時にX2が、地震保険については全く説明も受けず、あるいは、その知識もなかったということは、事実に反することと言わねばならず、X2のこの陳述書は、到底信用に値しないところであるばかりか、上記の如き事実関係からすれば、原判決の論理からもX2の損害賠償請求は棄却されることになったことは疑いのないところである。

同様に、第1審原告X1や同X3の各陳述書の記載についても、申込書の意思確認欄に押印がなされていることからすれば、その信用性に問題が存するところであると言わざるをえず、原判決のごとき論理で慰謝料請求を認めるのであれば、原判決はその前提たる法律上の主張・事実関係について、各当事者に主張・立証を尽くさせるべきであった。

原判決には、保険会社側に対する情報提供・説明義務違反の認定について、明らかな審理不尽があると言うほかなく、これに基づく判決は理由不備の誹りを免れないものである。

(2) 前述のとおり、地震保険は保険料が高額であり、保険会社が、あえて地震保険の勧誘を行わなかったり、申込を拒否したりする理由はない。特に、地震保険の意思確認欄への押印・サインのある場合は、火災保険契約者の意思のもとに、同契約者が地震保険への申込をしていないことが優に推認でき、地震保険の意思確認欄に押印・サインのある場合には、経験則上も、同押印等の存在から保険契約者の承認を得て当該押印等がなされたものと推認できる(「第15号判決」)のであり、あえてこの点まで否定する原判決の認定が経験則に反していることもまた明らかである。

5 「自己決定権」の侵害
阪神地方における地震保険への加入率は極めて僅かなものであり(原判決p97)、仮に、原判決が言うような情報提供や説明がなされたとしても地震保険締結に至る可能性は極めて低いものであった。

地震保険に加入するか否かは地震発生の予測や保険料の額や受けとるべき保険金の額その他種々の要因によって決定されるものであり、地震保険の情報提供や説明義務の有無によってのみ、決定されているものではない。

このように地震保険についての情報提供や説明の有無と第1審原告らの主張する「自己決定権」の侵害との間の関連性は、そもそも稀薄なものであって、このような稀薄な関連性しか存しない「自己決定権」をも、法的保護の対象とした原判決の判示は、明らかに、理由不備・齟齬が存すると言わなければならない。

6 情報提供・説明義務違反についての慰謝料請求の認容
(1) 第1審原告らが主張し、原判決も認める「自己決定権の侵害」が、「生命・身体の侵害を伴わない」ものであることは明らかである。
しかるところ、日本の損害賠償体系においては、「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合には、原則として慰謝料請求は認められていない。「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合に、例外的に慰謝料請求が認められるのは、これが「生命・身体の侵害」と同視できるような特別の事情がある場合に限られている(詳しくは、民事裁判実務研究第4巻p118以下。資料4参照)。

むしろ、原判決は、「保険会社側の義務違反が故意に地震保険及び意思確認欄への押印の意味内容を秘匿した上、同欄への押印を要求した態様のものとまで認め難く、不作為の違法に留まっていると解せられる」と判示している(原判決p98)のであり、この判示内容からすれば、上記の「生命・身体の侵害に類するような特別の事情」(債務不履行)や「保険会社側が保険契約者側を騙して地震保険への加入を妨げたといった事実関係」(不法行為)は明確に否定されるのであり、到底本件において慰謝料請求が認められる法的根拠は存在しないものである。

以上のとおり、原判決は、自らの判示自体が、慰謝料請求を認めるべき要件を否定しているのであり、この点のみでも理由不備・理由齟齬であることが明白である。

(2) 「第2399号他判決」も、上記内容を十分に理解しているからこそ、形式的に地震保険についての情報提供・説明義務を認めても、何らの損害賠償請求を認めていないのであり、これは日本における賠償法体系からして当然の結論である。

債務不履行・不法行為のいずれと考えても、情報提供義務・説明義務違反を根拠とする慰謝料請求は、生命・身体の侵害に類するような特別の事情、保険会社側が保険契約者側を故意に騙して地震保険への加入を妨げたといった事実関係が認められない限り、これが認められることは有り得ない。

7 以上のとおり、原判決には、明らかな理由不備、理由齟齬及びその原因となった経験則違反・審理不尽があり、破棄されるべきものであることは明らかである。

第4 上告受理申立理由(民事訴訟法第318条第1項)
1 他の高等裁判所判例との齟齬
(1) 本件での重要な争点(法令の解釈に関する重要な事項)である損害保険契約締結に際しての情報提供・説明義務の存否、同義務違反を根拠とする自己決定権の侵害、及びこれに基づく慰謝料請求の認容については、最高裁判所の判例は存在しないところ、原判決と相前後して、同じ大阪高等裁判所において、同じ阪神・淡路大震災での保険金請求事件に関する下記2件の判決が言い渡された。

i) 「第15号判決」(資料1、2参照)
大阪高等裁判所 平成13年(ネ)第15号 火災保険金等請求控訴事件
第13民事部判決 平成13年10月26日言渡

ii) 「第2399号他判決」(資料3参照)
大阪高等裁判所 平成12年(ネ)第2399号~第2402号 火災保険金・共済金請求各控訴事件
第11民事部判決 平成13年11月21日言渡

(2) 「第15号判決」はそもそも地震保険に関する情報提供・説明義務そのものを認めておらず、「第2399号他判決」も形式的に情報提供・説明義務を認めるものの、これに基づく損害賠償請求は棄却している。

よって、「第15号判決」「第2399号他判決」ともに、原判決とは全く異なる判決内容となっており、原判決はこれら他の高等裁判所の判例と明らかに齟齬を来している。

(3) 従って、上記2件の大阪高等裁判所の判決の存在によって、本件につき上告受理申立理由の存在することが明らかである。

2 法令の解釈に関する重要な事項の存在
(1) 「旧募取法(現保険業法)で説明義務が課されている重要事項に該る」との解釈の誤り
① 募取法の解釈の誤り
原判決は、地震保険に関する情報提供・説明義務を肯定する根拠の一つとして、上記を掲げている。

しかし、募取法16条1項1号の「保険契約のうち重要な事項を告げない行為」を禁じた立法趣旨は、加入する保険契約の約款内に存在する本件契約者側に不利な条項を告知しなければならないとするものであって、当該保険契約(火災保険)の契約対象となっていない保険商品(地震保険)の内容と説明を義務付けたものではない。

即ち、同号は、保険会社側が保険商品の勧誘を行う際に、契約者側に不利な契約内容を告げないで行う不当な勧誘を禁止するものであり、火災保険契約時に、それとは別の他の保険商品(地震保険)を勧誘すべき義務が規定されているのではない。勧誘を行うか否かは、保険会社側の選択であり、募取法は現実に勧誘を行う際の規定であって、勧誘するかしないかの意思決定については、何等の規定も定めていない。むしろ、募取法の趣旨からすれば、一般の火災保険への勧誘の際に、同保険に加入したら必ず地震保険にも加入しなければならないとして地震保険を勧誘することが禁じられているのである。

原判決も、地震保険契約締結の有無に関して、「地震保険契約は一般の火災保険契約とは別の契約であり、別途の意思表示が必要である」とし、「特定の損害保険に加入すれば当然に地震保険契約が成立するとの法令(地震保険法・同法施行規則)は」存在しないと判示している(原判決p90)のである。

ところが、地震保険に関する情報提供・説明義務の存否の場面では、本来の募取法の趣旨とは全く逆に、高額な保険料の保険商品を積極的に勧誘する方向での解釈を行っており、これは法令解釈として全くの誤りである。

② 行政取締り法規を根拠とすることの誤り
また、「第15号判決」が判示するとおり、「募取法16条1項、11条1項はいわゆる取締り法規であって、契約当事者間の権利関係を直接律するものではない。」

即ち、行政取締り法規を根拠に、私人間の契約関係、それも当事者間で締結された保険契約とは別個の保険契約に関する情報提供・説明義務の存否につき判断すること自体が誤りであり、上記①とともに、原判決に募取法に関する法令解釈に誤りのあることは明らかである。

③ 「原則付帯方式及び地震保険の意思確認欄への押印による地震保険不付帯の意思の確認という運用方式」に関する解釈の誤り
地震保険に関する情報提供・説明義務を肯定する根拠として、原判決は、募取法の解釈に関連して、地震保険の原則付帯方式とその実務上の運用方式をも根拠に掲げている。

しかしながら、地震保険における原則付帯方式というのは、法的には「地震保険は当該契約単独で締結することはできず、地震保険の締結は、必ず基本となる火災保険契約の締結が前提となる」という意味にすぎず、基本契約である火災保険契約が締結されれば、当然に地震保険契約を締結しなければならないという意味ではないし、基本である火災保険契約が締結されば、必ず地震保険契約を締結しなければならないとの勧誘方法が許されないことは自明である。

地震保険において原則付帯方式(地震保険の意思確認欄への押印による地震保険不付帯の意思の確認という運用方式)がとられているのは、地震保険の普及・PRのためであり、高額の保険料を伴う地震保険について、一定の普及・PR活動が必要であることは当然としても、当該普及・PR活動はいわば地震保険の勧誘行為であり、このことと地震保険に関して情報提供・説明義務が存在することとは、全く次元の異なる話である。

原判決は、自らもこの理を認め(原判決p90~91)、一方で地震保険契約の成立を否定しながら、その情報提供・説明義務の存否という場面では、保険会社側から見た勧誘の必要性と情報提供・説明義務とを取り違えているのであり、明らかな法令解釈の誤りがある。

(2) 個別当事者に関する情報提供・説明義務違反についての経験則違反
① 上記については、本理由書の第3、4(12頁以下)に記載のとおりである。
② 前述のとおり、地震保険は保険料が高額であり、保険会社が、あえて地震保険の勧誘を行わなかったり、申込を拒否したりする理由はない。保険会社の普及・PR活動からしても、地震保険の意思確認欄への押印・サインのある場合はもちろん、これらのない場合であっても、保険契約者の意思のもとに、同契約者が地震保険への申込をしていないことが優に推認できるのである。

特に、地震保険の意思確認欄に押印・サインのある場合には、経験則上も、同押印等の存在から保険契約者の承認を得て当該押印等がなされたものと推認できる(「第15号判決」)のであり、あえてこの点まで否定する原判決の認定が経験則に反していることは明らかである。

(3) 「自己決定権」の侵害に関する誤り
① 原判決は、以下の理由で予備的請求その2の1次的損害の「予備的請求額」の請求を棄却している(原判決p97)。

(a) 阪神・淡路大震災以前の阪神間では、本件地震のような大震災が自己の住む地域を起こるはずはないというのが通常人の認識であったこと。
(b) 阪神間での地震保険加入率が、阪神・淡路大震災以前は非常に低い状況にあったこと。
(c) 地震保険に加入するには、火災保険の保険料に比して高額の保険料負担を伴うこと。
(d) (a)~(c)からすれば、地震保険及び意思確認欄の説明を受けていたとしても、地震保険に加入していた蓋然性が高いとは認め難いこと。

すなわち、原判決は、第1審原告らに地震保険契約を締結した可能性が殆どなかった旨を判示している。

② 原判決も言うように、阪神地方における地震保険への加入率は極めて僅かなものであり(原判決p97)、仮に、原判決が言うような情報提供や説明がなされたとしても地震保険締結に至る可能性は極めて低いものであった。

地震保険に加入するか否かは地震発生の予測や保険料の額、受けとるべき保険金の額その他種々の要因によって決定されるものであり、地震保険の情報提供や説明義務の有無によってのみ決定されているものではない。

このように地震保険についての情報提供や説明の有無と第1審原告らの主張する「自己決定権(自己決定の機会)」の侵害との間には、これを関連付ける社会的事実が極めて稀薄であるというほかない。

また、本来、私的自治あるいは私有財産制のもとでは、生命身体にかかわる重大な事項は格別として、自己の財産につきどのような保険を付保するかなど単に財産の管理における判断(自己決定)ついては、自らの責任でこれを行うべきものであり、契約の相手方に情報の提供義務(作為義務)を課してまでこれを保護する必要性は存しない。

原判決が、地震保険に関する情報提供や説明義務を履行しなかったことによって、第1審原告らの「自己決定権」を侵害したとする点は、その法益侵害性が存しないにも拘らず、誤って、これを認めた違法が存するといわざるを得ない。

(4) 「情報提供・説明義務違反についての慰謝料請求認容」の誤り
① 「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」と慰謝料請求
第1審原告らが主張し、原判決も認める「自己決定権の侵害」が、「生命・身体の侵害を伴わない」ものであることは明らかである。

ところが、日本の損害賠償体系においては、「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合には、原則として慰謝料請求は認められていない。「生命・身体の侵害を伴わない債務不履行」の場合に、例外的に慰謝料請求が認められるのは、これが「生命・身体の侵害」と同視できるような特別の事情がある場合に限られている(詳しくは、民事裁判実務研究第4巻p118以下。資料4参照)。

むしろ、原判決は、自ら「保険会社側の義務違反が故意に地震保険及び意思確認欄への押印の意味内容を秘匿した上、同欄への押印を要求した態様のものとまで認め難く、不作為の違法に留まっていると解せられる」と判示している(原判決p98)のであり、この判示内容からすれば、上記の「生命・身体の侵害に類するような特別の事情」(債務不履行)及び「保険会社側が保険契約者側を騙して地震保険への加入を妨げたといった事実関係」(不法行為)は明確に否定されるのであり、到底本件において慰謝料請求が認められる法的根拠は存在しないものである。

以上のとおり、原判決は、自らの判示自体が、慰謝料請求を認めるべき要件を否定しているのであり、明らかな法令解釈の誤りがある。

② 「第2399号他判決」は、上記内容を十分に理解し、形式的に地震保険についての情報提供・説明義務を認めながら、何らの損害賠償請求を認めていない。これは日本における損害賠償法体系からして当然の結論である。

「自己決定権の侵害」なるものを、債務不履行・不法行為(債権侵害・契約契約締結上の過失)のいずれと解しても、情報提供義務・説明義務違反を根拠とする慰謝料請求は、生命・身体の侵害に類するような特別の事情、保険会社側が保険契約者側を故意に騙して地震保険への加入を妨げたといった事実関係が認められない限り、これが認められることは有り得ない。

原判決に、重要な法令解釈につき誤りのあることは明白と言える。

(5) 事実上のアフロス契約の認容-偶然性の否定
① 前述したとおり、原判決が認容する慰謝料請求は、保険契約に特有のモラルハザード事案であるアフロス契約(保険事故発生後に保険契約を締結して保険金を請求する内容であり、損害保険の基本である偶然性(商法第629条)に反するものである。)を認める結果となる。
原判決の結論は、保険契約者に下記のような主張を許し、不当な金銭請求を可能にする。

(a) 火災保険契約を締結した契約者が、現実に火災が発生した後に、建物が他人の物であった、他人の動産を預かっていた等の事実が判明し、火災保険契約では填補されない結果となった。
(b) 当該契約者は、上記火災保険契約締結の際に、借家人賠責保険、保管物賠責保険につき情報提供及び説明を受けなかったと主張。
(c) 借家人賠責保険、保管物賠責保険に関して、想定される保険金額から保険料を控除した額の何分の1かを、慰謝料として請求。

② このような主張が横行しては、保険制度は崩壊する。
上記主張・請求は、損害保険の基本である偶然性に明らかに反しているのであり、到底認められる内容ではない。

裁判所が、事実上のアフロス契約を認め、不当な金銭請求を容認するが如き原判決は、保険金不正請求を誘発する元ともなるのであり、一刻も早く破棄されるべきものである。

第5 結語
原判決は、本来であれば認められるはずのない慰謝料請求を認容したため、種々の点で理由不備・理由齟齬を来しており、更には法令解釈についての重要な事項についても、他の高等裁判所の判決と著しい齟齬を来している。

特に、原判決は、当事者が締結した保険契約とは別個の保険契約について、情報提供・説明義務を認め、しかも、法的保護の対象とはならない「自己決定」についてまで法益性を認め、更に、その慰謝料請求まで認容するとの結論をとったことによる保険制度への悪影響について、全く認識を欠いている。

原判決の論理がとおるのであれば、事実上のアフロス契約が認められたこととなり、原判決が保険金の不正請求事案(モラルハザード事案)を助長する結果となる。これは、結果として社会正義に反する不当な結論といえ、到底許容できるものではない。

いずれにしても、原判決は、社会正義に反する重大な結果から職権によっても破棄されるべきものであるが、これまで述べてきたとおり、判決自体に明白な理由不備、理由齟齬の違法及び審理不尽があり、破棄されるべきものである。

更に、他の高等裁判所の判例と矛盾する法令の解釈に関する明白な違法が存在し、本件上告受理の申立が受理された上で破棄されるべきものである。

以上