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001

H13. 5.29 広島高裁

損害賠償請求控訴事件

平成13年5月29日判決言渡
広島高等裁判所平成10年(行コ)第11号 損害賠償請求控訴事件
(原審山口地方裁判所平成6年(行ウ)第3号・第5号)

主   文

一 原判決を次のとおり変更する。

1 控訴人は、下関市に対し、金3億4100万円及びこれに対する平成6年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二 訴訟費用は、第1、2審を通じて、参加によって生じた費用を5分し、その2を参加人の、その余を被控訴人らの各負担とし、その余の費用を5分し、その2を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要
一 本件は、下関市が、同市と韓国釜山市との間の高速船海上輸送等を事業目的とする会社として官民共同出資で設立されたいわゆる第三セクター(以下、単に「第三セクター」という。)である日韓高速船株式会社(以下「本件会社」という。)に対し、その運航休止後の債務(傭船契約の合意解除の清算解決金4億6500万円及び金融機関からの借入金合計3億8000万円の各債務)整理のための補助金として、平成6年4月14日に4億6500万円(第1事件)、同年5月25日に3億8000万円(第2事件)を各交付したことが、いずれも地方自治法232条の2にいう「公益上必要がある場合」の要件を満たしておらず、違法であるとして、下関市の住民である被控訴人らが、地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づき、同市に代位して、各補助金交付当時に同市の市長であった控訴人に対し、各補助金の交付に係る損害賠償金及びこれらに対する各事件の訴状送達の日のそれぞれ翌日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金を同市に支払うよう求めた住民訴訟において、同市の市長が行政事件訴訟法23条に基づき参加した事案である。

なお、1審原告亡植田栄は、当審継続中に死亡したため、本件訴訟中同1審原告の請求に係る部分は、その死亡により当然に終了している。

二 争いのない事実又は証拠上容易に認定し得る事実(証拠の掲記がないのは、争いのない事実である。)
1 当事者
(1)被控訴人らは、いずれも下関市の住民である。
(2)控訴人は、平成3年4月30日から平成7年4月29日までの間、下関市長の職にあった者であり、また、平成3年5月30日から平成4年10月20日までの間、本件会社の代表取締役会長の地位にあった。

2 本件会社の事業並びに傭船契約及び資金融資

(1)本件会社は、下関市と韓国釜山市との間に高速船を就航させ、旅客等の海上輸送をすること等を目的として、平成2年11月2日、下関市と民間企業及び個人が出資して設立した第三セクター方式の株式会社であり、平成3年7月31日から同市と釜山市との間に高速船を就航させて営業を開始した。

(2)本件会社は、平成3年3月29日、前記営業に使用する船舶として、関西汽船株式会社(以下「関西汽船」という。)と加藤汽船株式会社(以下「加藤汽船」という。)の共有(共有持分2分の1)に係る船舶(船舶名「ジェット8」。以下「本件船舶」という。)につき、関西汽船との間で、以下の内容による裸傭船契約(以下「本件傭船契約」という。)を締結した(本件船舶名につき、関西汽船に対する調査嘱託(原審)。共有持分の割合につき、乙75)。右契約の締結に際して、関西汽船は、加藤汽船からその共有持分を借り受け、同社に対して右共有持分の割合に相当する傭船料を自ら支払うことを約した(乙75)。

①貸  主 関西汽船
②傭 船 者 本件会社
③傭船期間 平成3年3月29日から平成7年3月28日まで
④傭 船 料 平成3、4年度 月額2832万5000円
平成5、6年度 月額3090万円(ただし、1か月未満の傭船料は日割計算とする。)

(3)本件会社は、原判決別紙1のとおり、設立当初から厳しい経営状況を余儀なくされたため、山口県からの出資ないし下関市内の一般企業からの公募により、資本金を、平成3年8月26日には従前の2億2300万円から4億1500万円に、平成4年4月27日には4億8800万円にそれぞれ増資するとともに、原判決別紙2(ただし、同別紙中2(2)の借入期間「平成4年9月30日から」とあるのを「平成4年6月30日から」と改める。)のとおり、金融機関からも合計3億8000万円の借入れを行い、さらに平成3年9月27日には下関市の制度融資(損失補償)8億円、平成4年9月28日には同市の直接融資10億円をそれぞれ受けた。

なお、右金融機関からの合計3億8000万円の借入金(以下「本件借入金」という。)債務については、次の各保証人により連帯保証等がされていた。

(1)株式会社山口銀行(以下「山口銀行」という。)からの1億円の借入金(借入日・平成3年3月28日)

日隈憲太郎(本件会社の当時の代表取締役社長兼共同出資者。以下「日隈」という。)の連帯保証(本件会社の元代表取締役会長で元市長の泉田芳次から、同人の代表取締役退任に伴い、同人の連帯保証を引き継いだもの)

(2)下関信用金庫からの2億円の借入金(借入日・平成3年12月27日) (本件会社の共同出資者である民間企業6社の連帯保証。以下、次の6社を「本件6社」という。)

①林兼産業株式会社

②三永物産株式会社

③サンデン交通株式会社

④関門港湾建設株式会社

⑤株式会社みなと山口合同新聞社(旧株式会社山口新聞社)

⑥大阪商船三井船舶株式会社

(3)豊浦信用金庫からの8000万円の借入金 (借入日・平成4年3月31日)

①山口県信用保証協会の信用保証

②日隈の連帯保証

(4)しかし、本件会社は、これらの措置によっても業績が好転せず、平成4年12月1日、高速船の運航を休止した。

本件会社は、その後、運航を再開することなく、従業員や資産の整理等を行い、平成8年3月28日に下関市が債権者として山口地方裁判所下関支部にした破産宣告の申立てに基づき、同年4月12日、破産宣告の決定を受け、配当率約0・026パーセントをもって配当手続を終え、平成9年3月7日、破産終結の決定を受けた(甲7ないし15)。

(5)関西汽船は、右運航休止後、加藤汽船からその共有持分に係る傭船料の支払を求める訴訟を提起され、訴訟上の和解により傭船料約4億円の支払を余儀なくされたことから(乙6の45及び46、75)、本件会社に対し、本件傭船契約に基づき、平成4年12月から契約期間満了時である平成7年3月28日までの間の傭船料・損害金等合計13億3315万8871円の請求を求めていたが、平成6年3月10日、両社の間で、本件会社が関西汽船に清算解決金4億6500万円を支払うことにより、本件傭船契約を合意解除する旨の合意が成立した。

3 補助金の交付

(1)本件会社は、平成6年3月10日、当時の下関市長であった控訴人に対し、本件傭船契約の合意解除の清算解決金4億6500万円及び金融機関からの本件借入金3億8000万円の合計8億4500万円について、これを下関市が本件会社に補助金として交付するよう要請したところ、これを受けて、控訴人は、下関市平成6年第1回定例市議会に、右金員を本件会社に補助金として交付する旨の平成5年度補正予算案を上程し、同月28日、これが可決された。

(2)控訴人は、同月31日、右4億6500万円(以下「第1補助金」という。)及び3億8000万円(以下「第2補助金」という。)の各補助金(以下、両補助金を併せて「本件補助金」という。)について補助金交付決定をし、地方自治法232条の3の支出負担行為をした。

(3)控訴人は、右同日、本件補助金について、経費支出伺いの決裁をし、地方自治法232条の4第1項の支出命令をした。

(4)その結果、平成6年4月14日に第1補助金が、同年5月25日に第2補助金が、下関市から本件会社にそれぞれ交付され、本件会社は、各補助金をもって、関西汽船に対し前記清算解決金を、各金融機関に対し本件借入金をそれぞれ弁済した。

なお、本件補助金は、下関市の積立金の処分(財政調整基金の取崩し)による繰入金を原資として、平成5年度の補正予算から支出された。

4 監査請求及び訴訟提起

(1)被控訴人らは、地方自治法242条1項に基づき、平成6年4月18日、下関市監査委員に対し、控訴人をして同市に対し第1補助金相当額を補てんさせるよう求めて住民監査請求をしたが、同監査委員は、同年6月17日付けで右監査請求を棄却する旨の監査結果を通知したので、同被控訴人らは、同年7月5日、第一事件の訴訟を原審裁判所に提起した(右訴訟の提起は、本件記録上明らかである。)。

(2)被控訴人らは、地方自治法242条1項に基づき、平成6年6月3日、下関市監査委員に対し、控訴人をして同市に対し第2補助金相当額を補てんさせるよう求めて住民監査請求をしたが、同監査委員は、同年7月21日付けで右監査請求を棄却する旨の監査結果を通知したので、被控訴人らは、同年8月8日、第2事件の訴訟を原審裁判所に提起した(右訴訟の提起は、本件記録上明らかである。)。

(3)下関市長は、平成7年1月14日、右各訴訟につき、行政事件訴訟法23条に基づき参加の申立てをし、これに対し、原審裁判所は、同月31日、右参加を認める旨の決定をした(本件記録上明らかであり、原判決中「補助参加」とあるのは誤記と認める。)。

三 争点

1 本件補助金の交付に係る控訴人の財務会計行為(支出負担行為としての補助金交付決定及び支出命令としての経費支出伺いの決裁)の適法性(本件補助金の交付につき、地方自治法232条の2にいう公益上の必要性の要件に関する控訴人の判断の適否)

2 仮に、本件補助金の交付に係る控訴人の財務会計行為が違法と評価される場合に、控訴人の故意又は過失の有無

四 争点に関する当事者等の主張

(争点1について)

1 原審における被控訴人らの主張

(1)本件会社の性格

(1)本件会社は、第三セクター方式によるとはいえ、株式会社として設立されたもので、下関市の出資比率は、設立時に22・4パーセント、増資後が10・5パーセントであり、増資後の下関市と山口県を合計した出資比率も20・5パーセントである。

したがって、本件会社における地方自治体の出資比率は、地方自治法199条7項、同法施行令140条の7第1項所定の監査委員の監査が及ぶための要件となる25パーセントを下回る。

(2)本件会社は、下関市が一定の主導権を握る形で設立されたものではあるが、その構想から実現まで一貫しているのは、民間主体の事業体を形成するために、下関市が「企業誘致」に協力をしていくという考え方であった。

(3)よって、本件会社は、第三セクター方式の中でも、営利性の高い民間企業が主体として運営する営利企業という性格を強く有するものであったことは明白である。

(2)公益性

補助金交付の要件としての公益性とは、当該普通地方公共団体の住民の福祉の増進に有益か否かという観点から判断すべきところ、本件会社の性格は、前記(1)のとおりであり、本件会社が、高速船を下関市と釜山市の間に就航させるという点において、過去に下関市民の福祉の増進に有益な面があったとしても、それは、その就航を続ける限りにおいてである。

しかるに、本件会社は、本件補助金の交付時点において、既に営業を一切しておらず、かつ、以後これを再開して高速船の就航をなし得る可能性は全くなかったところ、このことを当然の前提とした上で、第1補助金は、過去の傭船料等の清算金を関西汽船に支払う財源として、第2補助金は、本件会社が過去に金融機関から借り入れた金員を返済するための財源として、それぞれ交付されたものであるから、本件補助金の交付により下関市民の福祉が増進されることは全くあり得ない。

(3)控訴人及び参加人の主張に対する反論

控訴人及び参加人は、後記2(4)のとおり、本件会社に本件補助金を交付しなければ、債権者又は保証人を犠牲にすることとなり、今後の第三セクター方式によるすべての事業に誰からの協力も得られず、金融機関からの支援も受け得ないこととなるとし、このような意味において、本件補助金の交付には公益性があると主張する。

しかし、本件会社は、前記1(1)のとおり、営利企業という性格を強く有するものであり、本件会社との取引企業等は、自己の損益計算の下にその責任で取引をしたもので、取引時点で利益を上げる目算があったからこそ任意に取引に入ったわけであるから、目算が誤ったとしても、それは取引企業等の自己責任の問題であって、かかる企業等の利益に対する期待を、下関市民の税金により保護する必要性はない。

したがって、控訴人が主張するような公益性はない。

2 原審における控訴人及び参加人の主張

(1)本件会社設立の経緯

(1)昭和62年ころ、当時の下関市長であった泉田芳次(以下「泉田市長」という。)は、下関市と姉妹都市の提携をしている韓国釜山市との間に高速船を就航させることが、両市の人的・物的交流の緊密化、下関市の経済等の発展・浮揚、両市の往来の時間短縮等のために是非とも必要であるとの考えの下に、下関市港湾局に対し、両市間の高速船就航事業(以下「本件事業」という。)の可能性について調査を指示したところ、同年7月、同局は、右就航実現の可能性は十分あり得る旨の「高速旅客艇就航の可能性について」と題する調査結果を発表した。そこで、泉田市長は、同年12月8日、関釜フェリー株式会社及び釜関フェリー株式会社(以下、前者を「関釜フェリー」、後者を「釜関フェリー」という。)に対し、高速船航路の開設について協力を得たい旨の依頼書を提出した。

(2)下関市議会は、平成元年3月29日、泉田市長に対し、本件事業の早期実現を求める決議を提出し、同年5月16日には、同市が、関釜フェリー、釜関フェリー及びサンデン交通株式会社(以下「サンデン交通」という。)に懇請して加入してもらう形で、右4者による「関釜高速船計画調査委員会設立準備会」を発足させ、同年6月1日、これを「関釜高速船計画調査委員会」に改編した。

(3)泉田市長は、当初は本件事業を100パーセント民間出資の会社で経営することを考え、その可能性を模索していたが、打診した先にいずれも断られ、他方で、下関市議会の右決議等もあって計画を断念することはできないことから、平成元年9月25日、同事業を第三セクター方式で遂行することとし、関釜高速船株式会社設立準備会において、下関市が自ら選定した参画の要請先(下関市、同市議会及び山口県のほか、民間企業7社)に対し、同事業への参画の要請文を発送した。

(4)下関市は、平成2年2月1日、関西汽船の代表取締役を以前務めていた日隈を同市港湾局の関釜高速船計画顧問及び同計画調査委員会顧問に迎え、同年4月10日、同市総務部に、助役を本部長とし、その他の構成員も全員同市の職員からなる「関釜高速船計画推進本部」を設置した。さらに、泉田市長は、同月27日、下関市議会総務委員会において、本件事業が実現しなかったときは自ら責任を取る旨明言し、同市が本件事業を市の事業として受け止めていることを示した。

また、下関市は、同年9月28日、同市が自ら選定した同市内の優良企業各社に対し、本件会社設立のための発起人会招集の案内文を発送した後、これらの企業を訪問し、説明会を開催するなどして理解を求め、同年10月12日、右発起人会を開催するとともに、本件会社の定款作成を行い、同年11月2日、本件会社の設立総会を開催して、その設立を決定した。

(5)下関市は、本件事業の実現に向けての必要経費を全額負担しており、また、本件会社設立後も、多額の財政的援助を行っている。

(2)本件事業及び本件会社の性格

(1)本件事業は、前記(1)に詳述した経過のとおり、下関市の発案によって計画され、その主導によりこれが実践され、具現化されたものである。

したがって、かかる実態に即してみれば、本件事業は、下関市の事業あるいは同市の事業と一体の事業、ないしは終始同市が主導した事業であり、官民共同出資の第三セクター方式という事業の遂行形態はあくまで形式にすぎない。

(2)本件会社は、当初、旅客輸送に詳しい日隈を代表取締役社長として招聘していたが、同人が代表取締役社長を辞任した後は、下関市長が取締役会長に、同市助役が代表取締役社長にそれぞれ就任し、かつ、従業員には、同市の職員をもってその主要ポストに配置していたものであり、他の取締役も、泉田市長自らが就任を要請して回ったものである。また、本件会社の運転資金作りの借入れに必要な連帯保証人(日隈個人及び本件6社)も、下関市自らそれになることは法律上できないため、同市が「迷惑はおかけしないから。」と約して依頼したものである。

(3)しかも、下関市長は、本件会社設立後においても、「この計画は山口県、並びに下関市にとり二一世紀を展望しての極めて重要なプロジェクトであります。即ち、本市は第三セクターとして日韓高速船株式会社の筆頭株主となり、役員その他も派遣し市の外郭団体に等しい組織ととらえ、常に連絡を密にし強力に指導をつづけております。」、「日韓高速船株式会社の経営は、下関市の事業と一体と考えております…」などと表現し、本件会社ないし本件事業につき、同市の外郭団体あるいは同市の事業と一体との位置付けをしている。

(3)本件傭船契約の経緯

本件傭船契約は、関西汽船が当初この契約に乗り気ではなかったことから、泉田市長において、関西汽船に対し、同市長の署名・公印を付した「万一問題が生じた場合は、同社(注・本件会社)とともに責任をもってその解決に努力致します。」という内容の平成3年2月19日付け確約書(以下「本件確約書」という。)を差し出し、いわば、下関市が拝み倒す形で締結された経緯がある。

(4)本件補助金交付の公益性

(1)本件補助金交付の目的が、本件会社の債務整理にあったことは、控訴人も否定するものではないが、本件事業は、前記(2)で詳述したとおり、下関市の事業あるいは同市の事業と一体の事業、ないしは終始同市が主導した事業であり、この点については、控訴人及び同市のみならず、一般市民や、本件会社の役員・株主・貸付金融機関、関西汽船、連帯保証人等の関係者も、同様の認識に立っているものと考えられる。

(2)したがって、本件事業が失敗に終わった場合の債務整理についても、下関市がその責任の下に行うことによって信頼を維持すべきことは当然であり、このことが、まさしく公益性ありということの要点である。

(3)このように解さなければ、下関市は、今後、第三セクター方式を採用して行う事業に誰からの協力も得られないことは明白であるとともに、金融機関からの支援も受け得ないこととなる。のみならず、本件会社の債務を破産法のみによって処理することになれば、第三セクター方式を採用している全国の地方公共団体に多大の迷惑を投げかけ、その協力者に重大な不信感を与えることになることは必至である。

3 当審における控訴人の主張

(1)補助金支出の公益性に関する司法審査の判断基準

補助金の支出が地方自治法232条の2にいう「公益上必要がある場合」に該当するかは、当該地方公共団体が処理すべき事務の性質と目的、当該補助金交付の原因、当該補助金の対象の種類、内容、性質、目的等の諸般の事情を考慮して、当該地方公共団体の議会及び予算執行権者たる長の合理的な裁量判断により決定されるべきものであるところ、本件補助金は単独の予算案として議会に提出され、十分慎重に審議された上で議決されたものであるから、その判断は最大限尊重されるべきであり、それに対する司法審査は、裁判所が当事者であればどのように判断したかではなく、議会及び長の判断が裁量権を逸脱しているか否か、裁量権の濫用に該当するか否かという観点からされるべきものである。

したがって、具体的な公益性の判断は、第1次的には個々の自治体にゆだねられているというべきであり、裁判所としては、個々の自治体における一般的規範(条例及び規則)又は個別的手続(議会の議決)の内容に適合する補助金の交付であるか否かを審査するのが本来の姿であると考えられる。そして、裁判所が違法となし得るのは、①自治体の設定している一般的規範(条例及び規則)又は議会の議決内容に違反する場合、②その他法令(地方自治法232条の2を含まない。)に違反する場合及び③著しい不公正の認められる場合であると解されるところ、本件補助金は、議会において特に補正予算として議決を経て交付された補助金であるから、個別議決による補助金に準ずるものとみることができ、裁判所がこれについて詳細な公益性の審査を行って違法とすることの適否は疑問であり、仮に「著しい不公正」の有無を問題とするとしても、議会と協調してなされた政策判断について市長の損害賠償責任を追及するためにはそれだけの強度な違法性がなければならないというべきである。

(2)本件における公益性

(1)下関市に対する信頼の維持と公益性

地方公共団体における事務事業には、直接住民の福祉の増進に寄与する公共用の事務と、直接には行政主体あるいは法的主体としての地方公共団体そのものの存続や社会的信頼の確保維持を目的とする公用の事務があり、そのいずれについても公益性が存在する。

本件においては、表面的・形式的には、泉田市長を始めとする下関市当局者の言動に対する連帯保証人及び関西汽船の信頼の維持が目的とされているものの、実質的には、今後様々な形で下関市の行政に関係してくるであろう者たち(新たな第三セクターに対する出資者に限られないことは当然のことである。)の下関市の施策及びそれに基づく市当局者の言動に対する信頼の維持が目的とされているのである。行政に対する信頼の維持というのは、自己の住民だけに対するものではなく、相手方が誰であるかによって約束を守ったり、破ったりするというのではなく、相手方のいかんにかかわらず、法的な義務はもちろん、道義的な責任をも誠実に履行することによって実現されるものである。

(2)下関市と本件会社との関係

本件会社は、下関市と韓国釜山市との間における人的、物的、文化的等の交流を一層促進し、増進すること(関釜交流)が地域の活性化、経済の発展、文化の振興等に寄与するという認識の下に、両市の間に高速船を就航させることが必要かつ有効であると判断した下関市が、本件事業を実施するために主導権をとって設立したものであり、出資の依頼、役員の選任、資金の供与と調達、運航の開始及び中止と廃止、運航状況の監視等、その設立前後におけるあらゆる面において、下関市の関与とリーダーシップなしには、本件事業の継続と一体となった本件会社の存続はあり得なかったのである。

本件会社は株式会社であるが、それは法的な形式の面においてだけであり、下関市がその必要性を説き、自ら出資し、代表権を有する役員を派遣し、運転資金の供与と調達に積極的に関与し、実質的な支配権を有していたからこそ、その設立及び事業の開始と遂行が可能となったものであり、本件会社は、正に下関市の政策目的を実現する手段として位置付けられ、機能していたのである。

(3)本件補助金の交付が必要となった理由

本件補助金は、下関市と韓国釜山市との間における人的、物的、文化的等の交流を一層促進し、増進すること(関釜交流)が地域の活性化、経済の発展、文化の振興等に寄与するという認識の下に、両市の間に高速船を就航させることが必要かつ有効であると判断した下関市が、自ら主導権をとって、それを実現する手段として本件会社を設立し、高速船の就航を開始したものの、利用者が想定したほどには伸びず、赤字が累積して経営が困難となり、下関市においてもこれ以上の財政的、金融的支援を行うことが不適当であると判断され、その運航を中止せざるを得なくなったことから、将来における下関市の各種の施策の展開に支障が生ずることのないよう、本件事業に積極的に協力した関係者への迷惑を最小限に抑え、それを強力に推進した下関市の行政に対する信頼を確保・維持しつつ、スムーズに本件事業を廃止するために支出されたものである。

そもそも、本件事業については、初年度から黒字になるという民間シンクタンクの報告書があったものの、それは額面どおりに信じられていたわけではなく、少なくとも事後的に見る限り、もともと採算べースに合うような事業ではなかったのであるが、収益性のない事業であっても、住民の福祉の増進のために行うべきものを推進するための1つの方策が第三セクターによる経営であり、本件会社はそのような第三セクターとして設立・運営されていたのである。本件会社の経営が行き詰まったのは、その経営に誤りがあったためではなく、事業そのものに内在する採算上の問題が顕在化したためであり、本件事業を終始リードし、主導してきた下関市は、本件事業の廃止及び本件会社の清算について、少なくとも道義的な責任を負うべき立場にあったのである。

すなわち、本件事業に協力した法人や個人は、利益を追求することを目的としていたのではなく、専門会社である関釜フェリーや釜関フェリーが参加を見合わせている状況の下で運航開始の時点から経営に不安があったにもかかわらず、下関市の助成によって何とか収支を償うことを信頼し、出資に応じたり、融資をしたり、その保証に応じたりしたのであって、本件事業の存続が期待できなくなった時点で、これを混乱なく終結させることは、下関市にとって少なくとも道義的責務であり、その義務を果たしてこそ、市政に協力した者がそのことゆえに犠牲を強いられることはないとの信頼を確保・維持できるのである。

(4)本件補助金の目的

本件補助金は、従業員の賃金や本件船舶用の燃料、消耗品等の運航経費等の小口の債務を全部弁済した後に残った債務である8億4500万円を処理するためのものであり、本件補助金を交付しなかった場合には、小口の債権者に対する弁済が優先弁済として問題とされ、その結果、それらの債権者に影響が及ぶおそれがあった(破産による平等弁済ということになれば、小口債権者に対する支払は事実上不可能である。)。

また、保証人ら及び関西汽船に対する市長を始めとする行政当局者の発言を反故にすることは、その直接的な相手方だけではなく、世間一般からの下関市の言動に対する不信を決定的なものとするし、下関市が日常的に多額の借入れをしている金融機関から信用されなくなる結果は、今後の借入れに悪影響を及ぼすことになり、いずれにしても、市政への信頼が失われ、市民の利益を確保することができなくなることが懸念されるところであり、本件補助金は、保証人ら及び関西汽船に利益を与えることを直接の目的とするものではない。なお、後に関西汽船等が本件船舶を他に売却することによって利益を得たとしても、それは、本件補助金交付当時において予見可能であったわけではないから、本件補助金を交付すべきか否かの判断に影響を与えるものではない。

(5)関西汽船の立場

本件船舶は、関西汽船と加藤汽船が2分の1ずつの持分を有する共有船であり、本件傭船契約が締結された当時は本件船舶のようなジェットフォイル船が不足していたことから、下関市が本件船舶に目を付けて関西汽船にその譲渡又は貸付を求めたが、加藤汽船は強固にその譲渡に応じず、貸付にも消極的であった。そこで、関西汽船は、加藤汽船の了解を得るために、本件船舶の加藤汽船の持分を自ら借り受けた上で、本件船舶の全体を本件会社に貸し付け、加藤汽船に対する傭船料については関西汽船がリスクを負担したものである。このような変則的な形がとられたのは、加藤汽船が本件会社の支払能力に不安を抱き、傭船料の支払について株主の保証を求めていたがそれが実現されないので、それに代わる手段としてとられたものであって、関西汽船は、そのリスクの負担につき下関市長から本件確約書の提出を受け、本件確約書の誠実な履行を信じて本件傭船契約の締結に応じたものである。本件確約書には下関市長の署名と公印が付されているのであり、通常の公文書であって後任者も拘束される性質のものであるから、たとえそれに法的な拘束力がないとしても、その趣旨はできるだけ尊重しなければならないことは当然のことである(その法律的な意味はともかく、ビジネスとしては決定的な重要性のある文書であり、支払が履行されない場合には訴訟も考えるほどのものであったというのが関西汽船の理解なのである。)。

ところで、本件傭船契約の不履行により関西汽船に生じた損害額の合計は13億3300万円余で、そのうち傭船料に相当する額が8億5000万円余であったが、関西汽船は加藤汽船から持分2分の1に相当する残余の契約期間の傭船料4億円余の支払を求める訴訟を起こされ、敗訴することが決定的であったため、請求金額のほぼ満額である約4億円を加藤汽船に支払うことで、平成5年10月5日に和解を成立させたのである。関西汽船は、加藤汽船に右和解金である約4億円を支払った後の同年11月5日、弁護士を通じて本件会社及び下関市に対し、残余の契約期間の傭船料を含む前記13億3300万円余の損害金の支払を求めたが、本件会社としては、関西汽船からのこの請求の全部又は一部の支払を拒否する理由も根拠もなく、ただ安くしてくださいとお願いするしかなかったのであり、関西汽船としては、本件会社には支払能力がなく、本件会社の支払原資は下関市から出ること等を勘案して、4億6500万円の支払を受けることで本件会社と和解せざるを得ず、その結果、右4億6500万円から加藤汽船に対する支払額を控除した約6500万円をもって本件船舶を引き取り、保管し、整備を継続せざるを得ないこととなったのである。なお、本件船舶の傭船料の決定に際しては、単なる資産としての船舶の価値(減価償却後の価格)だけではなく、旅客の運送、船内及び待合室での物品の販売やサービスの提供等の営業に関する諸般の要素を考慮する必要があり、また、本件傭船契約が締結された当時、本件船舶と同種のジェットフォイルは不足しており、加藤汽船がその重点航路である讃岐航路を重視し、関西空港への航路等を視野に入れてその利用を検討していたため、容易に本件船舶を傭船できる状況にはなく、かかる稀少物件の需給関係も対価に大きな影響を及ぼしたものであって、本件船舶の傭船料が不当に高額なものであるとする被控訴人らの主張(後記4(3)(3)イ)は根拠がない。また、本件船舶がその後佐渡汽船に売却されたのは、第1補助金が支出されてから1年9か月余り後の平成8年1月26日のことであり、本件会社との和解交渉時に右売却が予定されていたわけでもないし、本件会社の責任は契約の不履行に基づくものであり、被控訴人らの指摘(後記4(3)(3)イ)に係る右売却と第1補助金の是非とは何ら関係がない。

仮に、第1補助金が交付されず、右債権全額について関西汽船が弁済を受けられないこととなった場合には、本件確約書の存在やそれが発出された経緯、本件会社の経営に関する下関市の関与等を理由として同市に対する責任(民法44条の不法行為責任等)追及の訴訟等が提起される可能性も十分あったのであり、そのような事態になった場合にはかなり難しい訴訟になることが予想され、市政にも相当な混乱が生ずることが想定されるのであり、右補助金は、市政に対する信頼を確保するとともに、そのような将来の紛争と混乱を回避することにも役立っているのである。

なお、泉田市長の「赤字になったときは商法に従って処理される」という市議会での発言は、赤字のために事業の継続を断念せざるを得なくなるような事態を全く想定しない段階において、仮定の話として断った上で述べられたものにすぎず、同人は、本件会社の経営が苦しくなっても公費による援助により本件事業を継続することを考えていたのであり、右発言を、事業の継続が不可能となった段階での問題の処理に当てはめて、本件補助金による債務整理を否定する根拠とすることはできない。

(6)保証人らの立場

当時の下関市助役の名和田源俊から下関市の経済の活性化のため協力を求められ、本件事業に関与することとなった日隈が、本件会社の山口銀行に対する1億円の債務について保証人となったのは、本来の保証人である泉田市長が市長選挙に落選して本件会社の代表取締役会長を退任した後に、当時の下関市総務部長の田中稔(以下「田中総務部長」という。)から、市として迷惑はかけないから何とか保証人になってほしいと懇請されてやむを得ず引き受けたものであり、平成4年3月の豊浦信用金庫からの8000万円の借入れについても、田中総務部長から、市の方で資金の手当てをする予定だが、すぐには間に合わないので、とりあえず借入れをしておいてほしいと頼まれ、それを信じて自分が保証人となって借入れをしたものである。これらの合計1億8000万円の債務は、日隈が私財を投じても到底返せるものではなく、このような保証をすることによって日隈個人が得られる利益は何もないのであって、日隈は、田中総務部長の言葉を信頼して保証人となることを引き受けたものである。

また、本件会社の株主で同社に役員を派遣している本件6社が保証した平成3年12月の2億円の借入れも、田中総務部長から保証人には絶対迷惑をかけないので本件6社に頼んでほしいと懇請された日隈が、その旨を本件6社に話して保証人になってもらったものであり、その絶対迷惑をかけないということの意味は、最悪の場合は市が責任をもって対処するという趣旨に理解されていたのである。このように、本件6社も、保証人には絶対迷惑をかけないという田中総務部長の言葉を信頼して保証人となることを引き受けたに違いないのである。また、本件6社の本件会社に対する出資金の合計は1億6000万円に上っていたのであり、これらの出資金はいずれも未回収のままとなっており、本件会社から本件6社及び日隈に対しては保証料等の支払は一切されていない。

日隈及び本件6社の右保証による本件借入金がなければ、本件事業を開始し、継続することはできなかったものであり、右保証人らは、下関市が主導的に推進した本件事業の意義を理解して同市の施策に協力し、本件事業の実施に必須の役割を果たしたものであって、本件借入金債務の返済に充てられた第2補助金は、同市の依頼を受けて市政に積極的に協力した関係者への迷惑を最小限に抑え、それを協力に推進した同市の行政に対する信頼を確保・維持するために交付されたものであり、同市が右保証人らの信頼に応えることが違法とされる理由はない。仮に、右補助金が交付されず、右保証人らの責任が追及された場合には、右保証人らから下関市の責任を追及され、紛争が生じることも十分予想されるところであり、右補助金の交付により、市政に対する信頼が確保され、将来の紛争と混乱を回避できたという同市の利益は極めて大きいのである。すなわち、下関市の幹部による形式だけであり絶対に迷惑をかけないという言葉を信じて保証人となった者らに対して、利益が上がっているからいいだろうとか、強制執行されても我慢しろなどと言うことは到底許されることではなく、仮にそのようなことをした場合には、下関市の信用は地に落ち、今後のすべての施策について、企業はもちろん、一般市民からも協力を得ることは不可能となることは見易い道理である。

なお、第2補助金を原資として弁済された合計3億8000万円の本件借入金債務に対する金利は平成6年3月分まで全額が支払われているが、金融機関側は利息の放棄又は免除という形をとることは拒否したものの、1年半余(本件船舶の運航中止から右弁済までの期間にほぼ相当する。)の期間の金利に相当する合計3900万円を下関市に対して寄付しており、これは、実質的には金利の放棄又は免除に該当するものである。

(7)本件補助金についての議会の議決

本件補助金8億4500万円は、平成6年3月に平成5年度の補正予算案として単独で提案され、議会においてその交付先、目的、使途及び額について詳細な議論をした上で、その支出が必要であると判断され、議決されたものである。

地方自治法232条の2における公益性という不確定概念の具体的な判断は、地方公共団体が処理すべき事務の性質と目的、当該補助金交付の原因、対象の種類、内容、性質、目的等の諸般の事情を考慮して、当該地方公共団体の議会及び予算執行権者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと、解すべきであり、本件のように具体的な交付先と交付目的について十分な審議がされた上での議決である以上、予算の審議を通じての住民の代表たる議会の判断は最大限尊重されるべきである。司法審査においては、裁判所が当事者であればどのように判断したかではなく、議会及び長の判断が裁量権を逸脱しているか否か、裁量権の濫用に該当するか否かという観点から違法性の有無の判断がされるべきものである。

(8)下関市の財政状況

本件補助金は、平成6年3月の議会で補正された平成5年度予算において措置され、その出納整理期間中である平成6年4月及び5月に支出されたものである。そして、同年3月に議会に提出された平成5年度補正予算をみると、本件補助金は、下関市の貯金である財政調整基金からの繰入金を原資として支出されたものであり、そのために起債(借金)等をする必要がなかったことが明らかである。また、平成2年9月30日現在の財政調整基金の残高が160億円余であるのに対し、本件補助金支出のための取崩しをした後である平成6年9月30日現在の同基金の残高は301億円と140億円余り増加している。

また、地方公共団体の決算は、監査委員の審査を得た上で議会の認定を受けることとされているが(地方自治法233条2項、96条1項3号)、下関市における平成5年度の決算に関する監査委員の審査意見書によれば、全会計収支は前年度比6・5パーセント増の49億3492万1552円で、そのうち10億円が財政調整基金に積み立てられ、普通会計の形式収支も前年度より4億円余増の26億6179万円となるなど、当時の財政状況は健全な状態にあり、監査委員も「収支均衡の健全な財政運営がなされている」との評価を行っている。

このように、本件補助金の支出をした年度の決算における財政状況を示す指標はいずれも健全な指標を示しており、財政調整基金の額も平成2年に比較して140億円余り増加しているなど、下関市の財政が本件補助金の支出を妨げるような状況になかったことは明らかである。

なお、本件補助金の支出当時、下関市においては、本件船舶の運航を廃止した後の本件会社の整理の問題が緊急の課題であったのであり、本件補助金の支出は、下関市の信頼を確保しつつ、混乱を最小限に抑え、本件傭船契約の解除を含む事業の廃止と会社の清算を速やかに行うために必要となったものであるから、正に「地方公共団体にとって必要な行政水準を確保するために必要な事業と考えられるもの」(乙81の地方財政法逐条解説参照)であり、地方財政法4条の4第3号にいう「必要やむを得ない理由により生じた経費」に該当するのであって、前記財政調整基金の取崩しとその予算への繰入れを行った議会の判断に誤りはなく、その判断は尊重されるべきである。

(9)小括

以上のとおり、本件補助金は、本件事業推進の経緯、本件会社における債務発生の経緯、当該債務を放置した場合の赤字累積と交渉による債務減額という事情、国際信義の遵守、従業員や小規模債権者の生活擁護、地域経済の安定、市議会の考え方、問題先送りによる責任回避という悪弊の排除、向後の市政の発展等を総合的に考慮した上で、交付されたものであり、公益上の必要があると認められるべきものである。

4 当審における控訴人の主張に対する被控訴人らの反論

(1)補助金交付の公益性に関する判断基準

(1)公益性判断のき束性

地方自治法232条の2に基づく補助金交付の公益性の判断については、昭和28年6月29日の行政実例で「公益上必要かどうかを1応認定するのは長及び議会であるが、この規定は全くの自由裁量行為ではないから、客観的にも公益上必要であると認められなければならない」とされ、多くの裁判例もこの考え方に立脚して公益性の判断を行っている。

すなわち、裁判所は、公益上の必要性について判断することができ、公益上必要であるかは客観的に決定されるべきものであって、この判断は地方公共団体の自由裁量行為ではない。公布された根拠規範が少ない現在、判例による公益上の必要性の判断基準が形成されることが望まれるところであり、「自治」の美名の下に当該地方公共団体の存立基盤すら危うくするような事例をも司法機関が放置することは許されない。

(2)公益性の判断基準

ア 補助金の交付が公益性を有するためには、主観的な側面のみならず、客観的な面においてもそれが肯定されなければならないと解されるところ、右の判断に当たっては、何よりも補助金の交付とそれによる当該地方公共団体の利益との間における因果関係の有無が問題とされるべきである。

そして、当該補助金交付とそれによる個別具体的な住民の利益との因果関係の有無は、地方公共団体が処理すべき事項の性質と目的、当該補助金交付の原因、対象の種類、内容、性質、目的等の諸般の事情を考慮して検討されるべきものである。

イ この点について、控訴人は、裁判所が補助金の交付を違法となし得るのは、法令違反又は著しい不公正の認められる場合に限られる旨主張するが、法令違反又は著しい不公正との判断基準は、余りにも限定しすぎた指標であり、経営難の第三セクターの補助金問題という本件補助金の公益性を判断する基準としては、野放図な補助金交付をチェックする指標として、前記アの判断基準が極めて妥当なものと評価されるべきである。

(2)第三セクターの破たん処理に対する地方公共団体の関与の在り方

自治省は、平成11年5月20日、各都道府県知事及び各指定都市市長に対して「第三セクターに関する指針について」と題する通知(同年自治政第45号)をした。

右通知の示す指針では、地方公共団体が出資者として負う責任はあくまで出資の範囲内(有限責任)であるとの基本認識に立って、第三セクターが破たんした場合の地方公共団体の関与の在り方については、債権債務関係の整理に当たって、地方公共団体は、出資の範囲内の負担、損失補償契約に基づく負担、あるいはあらかじめ定められたリスク分担に基づく負担を負うというのが原則であり、過度の負担を負うことのないようにすべきであるとされている。

すなわち、公的支援は有限責任の観点で真にやむを得ない場合に限り行うべきであり、第三セクターが破たんした場合に、損失補償等その処理のためにあらかじめ負担を定めている以外の新たな負担をすることは認められないという当然の観点が指針として示されたものであり、本件を判断するについても、以上の観点は重要である。

(3)本件における公益性の不存在

(1)下関市に対する「信頼」について

控訴人は、本件の公益性について、下関市に対する信頼の維持という点を挙げ、第三者に迷惑をかけないこととか、関係者との紛争予防とか、将来の協力が得られないこと等種々の表現による主張をしているが、要は、その内容は本件補助金を交付して関西汽船の傭船料と金融機関への債務を全額支払わなければ、泉田市長や当局者の言動に対する信頼が確保されず、それに伴う弊害があるということに帰着する。

しかし、ここでいう「信頼」とは、本件補助金の交付によって傭船料の支払を受け、貸金を回収し、連帯保証責任を免れた関係者の信頼であり、その信頼の中身は、本件会社と取引するに当たって、本件会社が破たんしたときは下関市が全面的に損失を補填してくれるという「信頼」である。そして、このような「信頼」こそが、住民の意思を無視して第三セクターにおいて馴れ合いや無責任体制を生み出し、無尽蔵に公金投入がされてきた原因であり、自治省の前記「第三セクターに関する指針」で問題とされ、戒められている根本原因なのである。

すなわち、補助金の財源は、当該地方公共団体の住民が納付した税金である上、本来、第三セクターとはいえ、民間企業がこれに参加する場合には、その自己判断と責任の下に危険を負担することも当然あり得ることを前提に営利の追求をしようとしていることは、経済法則に照らして自明の理とみられることも考慮すると、かかる「信頼」維持のための補助金の交付すべてに公益性があるとは到底解し難いところである。

(2)本件会社の営利的性格

本件会社は、下関市の出資比率が意識的に低く抑えられた営利ないし収支適合を目的とする民間主体の企業として設立・運営されてきた。それは、本件会社の目的が、生活の足の確保とは異なり、わざわざ行政が乗り出すという意味での「公益性」がどれだけあるのか疑問であるという程度の低い公益を目的としたものであったからである。すなわち、本件会社は、自治省の前記指針にいう「公民協調型第三セクター」であったのであり、下関市が本件会社の設立・運営について一定の指導的役割を果たしたとしても、「公民協調型第三セクター」としての営利性を有するという本来的性格は変えられないものである。

下関市が本件会社に多大な公金を投入して人的・物的な援助をしてきたことは事実である。しかし、これを本件会社の公益的性格とか適正な関与というように位置付けることは明らかに間違いであり、職員派遣、損失補償契約、10億円の直接融資のいずれについても、それ自体違法であるか、その疑いが濃いものであったり、不当なものであったことは明白であり、そもそも本件補助金交付以前のこれらすべての公金支出が問題とされるべきものであったのである。

(3)本件補助金交付の公益性の不存在

ア 補助金交付の経緯等

①下関市は、本件会社に対し、本件補助金交付以前にも多額な公金を支出していること、②平成4年9月の議会で、本件会社に10億円の直接融資を行うことを議決した際、「すべて今後は会社の努力に図ってもらう。いかなる形でも今後は資金援助は行わない。」という趣旨の総務委員長の説明を受けて右議決がされた経緯、③本件補助金の交付時に、本件会社の負債は、本件補助金により支払われた負債以外には、下関市に対する負債と下関市が損失補償契約をしていた債務しかなく、逆に資産もほとんどない上、営業を継続する意思も体制もなく、本件補助金の交付は単に債務整理のためだけの支出であったこと等を総合すれば、本件補助金の支出に公益性がないことは明らかである。平成4年12月12日に本件事業の運航が休止され、下関市として総額18億円の未回収額が存在したにもかかわらず、本件会社に8億円余という本件補助金の交付を行ったことは、明らかに常軌を逸している。

イ 関西汽船等との関係

本件船舶の傭船料は、当時の定率法又は定額法により算定される減価償却額等に照らし、不当利得といえるほどの多額の利益(定率法で年2億余、定額法でも6700万円)を関西汽船と加藤汽船にもたらす高額なものであったにもかかわらず、右両社は、更なる利益を上げるために、運行休止時から契約期間満了までの傭船料等として13億3315万8871円もの金額を本件会社及び下関市に請求するに至ったものである。その結果、本件傭船契約の合意解約に伴う清算解決金として、本件会社は関西汽船に4億6500万円を支払うこととなったが、本件会社には支払能力がないため、この清算解決金の支払に充てるための原資として、下関市から本件会社に対する第1補助金の支出がされたのであり、その資金が関西汽船に支払われ、その後本件会社による外航船への改造により付加価値の付いた本件船舶を右両社が佐渡汽船に7億円で売却した結果として、下関市が支払った補助金の額を超える利益(各社2億6636万9688円ずつの固定資産譲渡益)を右両社にもたらしたのである。

このように、本件船舶の共有者であった関西汽船と加藤汽船は、本件船舶を本件会社に賃貸することにより十分な利益を得たばかりか、外航船に改造された本件船舶を転売することによっても利益を得ており、本件補助金が本件会社を通じて右両社に支払われたことにより更に大きな利益を上げているのである。すなわち、第1補助金は、下関市外の民間会社に多額の利益をもたらすことにのみ貢献しており、そのために下関市民の貴重な財産が支出された結果となったのであり、右補助金の交付に何らの公益性もなかったことは明らかである。

泉田市長名の本件確約書は、議会の議決を経たものではなく、その内容からも、市長個人の政治的責任は別にして、下関市の法的責任(不法行為責任又は債務保証・債務引受等の責任)を基礎付ける法的拘束力を有するものでないことは明らかである。仮に、関西汽船から下関市に法的責任を追求する訴訟提起の可能性があったとしても、右のような性格の文書を前提とする訴訟であれば、責任の存否及び万が一責任があるとしてその範囲については、行政の透明性の観点から、むしろ訴訟にゆだねるべきであり、それをあいまいなまま隠蔽・防止するために多額の補助金を支出することに公益性があるとして保護すべき意味があるとは到底考えられない。

ウ 保証人らとの関係

第2補助金により本件会社が債務の弁済をしたことにより、本件会社の下関信用金庫に対する2億円の借入金債務につき連帯保証債務の履行をしなくて済んだ本件6社は、各社の決算書等の財務書類によると、いずれも十分な支払能力があり、下関市が市民の貴重な税金を使って連帯保証債務の肩代わりをする必要は全くなかったことが明らかになっている。したがって、下関信用金庫は、本件会社への貸付金2億円を保証人である本件6社から回収することができるので、その経営には全く問題がない。

また、本件会社の山口銀行に対する1億円の借入金債務については、保証人である日隈個人には支払能力がないかもしれないが、山口銀行は十分な利益を出しており、仮に、本件会社の債務が履行されなかったとしても、同銀行が回収不能分について損金処理をすることが可能であり、同銀行の経営に何ら支障が及ぶおそれはない。

さらに、本件会社の豊浦信用金庫に対する8000万円の借入金債務についても、山口県信用保証協会の保証債務履行により、豊浦信用金庫は本件会社への貸付金の回収が可能である。同信用保証協会の代位弁済後の保証人である日隈の個人保証が履行されない場合でも、同信用保証協会が山口県の外郭団体として設立された趣旨からすれば、その危険性を十分に考え、市中の銀行金利より高い保証料が設定される等の措置が採られている。したがって、下関市が、市民の税金を使って本件会杜の借入金債務を返済する必要は全く存しない。

補助金による金融機関への返済がされなかったからといって、本件会社に対して融資をした金融機関はもちろん、右保証人らが下関市に対して法的責任を追求することが不可能なことは当然のことであり、政治的・道義的責任の追求を防止するために多額の補助金を交付するというのであれば、それに公益性がないことは明らかである。

一般に、保証人になってもらうときに迷惑をかけないというのは、主債務者が常に言うことであり、それを信用する方がおかしいのであり、また、市長が赤字の場合には商法で処理すると言っているのに、何ら権限のない総務部長の発言を信用する方がおかしいのであって、保証人らの側で下関市が公的資金を投入して自ら負担すべき保証債務を支払ってくれるはずだったと主張することは企業人の常識に反するものであり、そのような「信頼」は到底保護されるべきものではない。

エ 小口債権者との関係

本件補助金交付の目的について、控訴人は、当審の結審間近になって、小口債権者への支払保護という点を主張するもののようであるが、これは、以下のとおり、単なる後付けの主張以外の何物でもない。

①小口債権者に対する支払は、本件補助金交付の1年ないし2年以上前の下関市から本件会社へ直接融資された10億円及び平成4年12月1日の運行中止までの間に本件会社が持っていた資産により支出されたものであり、本件補助金を原資として支出されたものではないから、本件補助金の交付が小口債権者に対する支払のためでなかったことは明らかである。

②本件補助金を交付する際に小口債権者への支払保護という点は議論にすらなっておらず、控訴人も本件において当審の結審間近に至るまでその点は主張も立証もしてこなかった。

③控訴人の主張は、本件補助金の交付により、関西汽船や金融機関に8億4500万円を支払わなければ、それ以前の小口債権者に対する1億1100万円の支払が、平成6年以降に本件会社が破産した際に否認される可能性があったというもののようであるが、本件補助金がそのようなことを目的としたという根拠は何もないし、仮にそれを目的としていたとすれば、それもまた問題であり、公益とは全く関係がない(小口債権者への弁済は本旨弁済であり、給料債権は優先債権であるから、支払時期等も総合すれば何ら破産法上も問題にはならないが、仮にその保護がどうしても必要というのなら、別に何らかの方法を考えるべきである。)。

オ 下関市の財政状況

控訴人は、下関市の平成2年9月期と平成5年9月期の財政調整基金残高を比較して同基金が140億円増加したと主張しているが、各年度末の決算上の同基金残高を比較すると67億円程度の増加にすぎず、そもそも平成2年度と平成5年度を比較する理由は不明であり、平成3年以降の同基金の額は210憶円超の金額でほぼ横ばいの状態にある。控訴人は、本件補助金支出のために起債(借金)等をする必要がなかった旨主張するが、地方財政法5条は地方債について原則的に制限をしており、ただし書により地方債をもってその財源とすることができる場合を列挙しているものの、本件事業のような借金返済に起債ができるとする事由を見いだすことはできず、本件の事例はそもそも起債ができる事案ではなかった。

また、控訴人は、平成5年度の監査委員の審査意見書を援用して、下関市の財政状況が健全な状態にある旨主張するが、実質収支から財政調整基金の積立てや取崩し額等を加味した実質単年度収支では、平成4年度の黒字を最後にして以後毎年赤字決算となっており、平成5年度から赤字は始まっている点で、赤字路線を導入した控訴人の政治責任は重大である。財政構造の弾力性を示す経常収支比率に関しても、平成5年度は確かに望ましいとされる数値を維持しているが、控訴人の市長としての最後の任期であった平成6年度には86・9パーセントにまで増加し、その後年度を追うにつれて増加しており、このような下関市の財政硬直化は、最初に80パーセントを超過させた控訴人の財政運営に起因しており、その責任は重大である。このように、本件補助金の支出以降下関市の財政は悪化の一途を辿っており、控訴人が主張するような健全な財政状況にあるとは到底いうことができない。

カ 小括

以上のとおり、本件補助金は、いかなる点においても、無益な補助金であり、公益性を欠くものであったことは明らかである。

(4)議会の議決

地方公共団体の議会の議決が、地方公共団体の長の違法行為を免責するものでないことは、判例上確立している。

また、近年、地方議会の予算執行等に対するチェック機能が低下し、十分な審議が尽くされていない実情があり、本件では、控訴人が議会と協調して議決に至ったというよりは、強い指導力を発揮して議会を説得したというのが実態である。

いずれにせよ、本件の議会の議決は、控訴人の違法行為を免責するものではない。

(争点2について)

1 被控訴人らの主張

控訴人は、前記(争点1について)1掲記の各事実関係を知りながら、あえて違法な本件補助金の交付を行ったものであり、この点につき、故意又は過失が存する。本件のような常軌を逸した行為については、少なくとも重過失がある。

2 控訴人及び参加人の認否

被控訴人らの右主張は否認する。

仮に、本件補助金交付の公益上の必要性に関する控訴人及び参加人の主張が認められないとしても、本件補助金の支出は、従前からの一般的常識的な考え方に基づいてされたものであり、かつ、住民を代表する議会においても個別具体的な案件として審議され、是認されたものであって、控訴人には故意はもちろん過失も存しない。

第3 当裁判所の判断

一 本件の事実経過

前記第2の2掲記の各事実に証拠(甲1ないし3、5ないし15、31の1ないし3、32ないし36の各1及び2、38の1ないし3、39の1及び2、乙1の1、1の2の1ないし6、1の3の1、1の4の1ないし51、1の5の1ないし19、1の6の1及び2、2の1の1及び2、2の2の1ないし4、2の3の1ないし8、2の4の1及び2、3の1、3の1の1ないし6、3の2の1ないし6、3の3の1ないし5、3の4の1、3の5の1及び2、4の1の1ないし24、4の2の1ないし40、4の3の1ないし36、4の4の1ないし41、5の1ないし3、6の1ないし59、7の1の1ないし3、7の2の1ないし3、7の3の1及び2、7の4の1ないし3、7の5の1ないし4、8の1の1ないし16、8の2の1ないし74、8の3の1ないし6、8の4の1ないし26、9の1ないし3、10ないし12、13の1ないし5、14の1及び2、15ないし21、22の1及び2、23ないし57、58の1ないし11、59ないし62の各1及び2、63ないし65、74、75、77、79、丙1、2、3の1ないし15、4の1ないし16、5ないし9、調査嘱託(関西汽船、下関信用金庫本店、山口銀行本店、豊浦信用金庫本店、下関市役所、加藤汽船)、証人内田昊治、同泉田芳次、同日隈憲太郎、同黒瀬孝志、同是則直道、控訴人本人(原審・当審))及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の各事実が認められる。

1 本件会社の設立の経緯

(1)昭和62年ころ、当時の泉田市長は、下関市と姉妹都市の提携をしている韓国釜山市との間に高速船を就航させることが、両市の人的・物的交流の緊密化、下関市の経済・産業の発展・振興、両市の往来時間の短縮等のため、是非とも必要であるとの考えの下に、下関市港湾局に対し、本件事業に係る両市を結ぶ海上高速旅客輸送の可能性について調査を指示したところ、同局は、同年7月、「下関港・釜山港 高速旅客艇就航の可能性について」と題する文書により、利便性及び採算性を中心として概略の検討を行い、他輸送機関との比較において高速船就航実現の可能性は十分あり得るとの調査の結果を発表した。

そして、同年11月、泉田市長の主導により、下関市内の民間企業有志による懇談会が催され、これに参加した企業有志により、本件事業の推進に賛成する意向が確認された。

なお、この時点では、関釜フェリー及び釜関フェリー両社とも本件事業に積極的であったことから、泉田市長は、両社が従前の事業の拡大という形で同事業を遂行し、下関市が出資その他の形で協力するという構想を抱いており、これに従い、同年12月8日、右両社に対し、関釜高速船航路の開設について積極的な取組みを依頼する旨の要請書を提出した。

(2)泉田市長は、昭和63年3月8日、下関市議会定例会で、なるべく早く高速船の就航を実現しなければならない旨の発言をした。そして、これを受けた下関市港湾局は、新潟・佐渡間に就航する高速船を現地視察した上で、同年7月20日、本件事業の可能性についての資料を同市議会建設委員会に提出した。

(3)下関市議会は、平成元年3月29日、「関釜間高速船就航実現に関する決議」を可決し、泉田市長に対し本件事業の早期実現を要望するとともに、同事業の調査費として450万円の支出を議決した。また、同年6月1日には、下関市、関釜フェリー、釜関フェリー及びサンデン交通の4者で構成する「関釜高速船計画調査委員会」が発足し、その経費は、右4者が400万円ずつ出資して賄うこととなった。そして、同調査委員会は、同年6月7日、株式会社三菱総合研究所(以下「三菱総合研究所」という。)に対し、本件事業の実現可能性について調査研究を委託した。

ところが、同年7月1日、9州旅客鉄道株式会社(以下「JR9州」という。)が本件事業と競合する博多・釜山間の高速船運航事業計画を発表したことから、地元の関釜フェリー及び釜関フェリーが同事業に消極的となり、このため、泉田市長は、大阪市に本社のある関西汽船にも同事業への取組みを依頼した。

泉田市長は、右の経過から、当初望んでいた民間企業が自ら事業を拡大して本件事業を遂行するという構想を断念し、下関市及び山口県の公的資本と民間資本を合わせた第三セクター方式の会社を設立し、これを事業主体として本件事業を推進することを考え、関係各機関にその旨の協力を要請した。

(4)下関市は、平成元年7月から9月にかけて、泉田市長の名で、運輸省国際運輸・観光局長、韓国海運港湾庁等に対し、本件事業推進の意思表示をするとともに、安部晋太郎・林義郎各議員等の有力な政治家への陳情や関係各機関への協力要請を行ったが、その際、第三セクター方式による会社を事業主体とする意向を示し、同月25日には、泉田市長において、山口県、下関市、同市議会、民間企業6社及び山口銀行に対し、関釜高速船株式会社設立準備会への参画を要請する文書を発送した。一方、同年12月には、三菱総合研究所から、ジェットフォイルは、需要量、採算、財務評価のいずれから見ても実現可能性のある船種で、関釜間に就航させた場合、財務的に相当有利であり、運航初年度から黒字になる見込みである旨の調査報告書が提出され、下関市議会も、同月19日、本件事業計画調査費補助金800万円の支出を議決した。もっとも、JR9州の前記競合事業の計画が先行したこともあり、三菱総合研究所の右調査報告書の予測については懐疑的な見方が大勢を占め、本件事業の収益性・採算性については関係各方面において強い懸念が指摘されており、民間企業や金融機関も本件事業への参画には消極的で、下関市においてその協力を取り付ける作業は難航を極めた。

(5)下関市は、平成2年2月1日、関西汽船の元代表取締役である日隈を同市港湾局の関釜高速船計画顧問に迎え、同計画調査委員会も同人に顧問を嘱託し、他方では、同月27日、財団法人下関二一世紀協会から、泉田市長に対し、市民5万6168名の署名を添えて本件事業の早期実現の要請がされた。さらに、下関市は、同年4月10日、助役を本部長とし、その他の構成員全員が市職員からなる「関釜高速船計画推進本部」を総務部に設置し、このような経過の中で、泉田市長は、同月27日、同市議会総務委員会において、本件事業が実現しなかった場合には自ら責任を取るとの方針を明言した。ところで、そのころ、大阪商船三井船舶株式会社との交渉により、ようやく同社が中核企業として参画する目途が立ったことから、泉田市長は、同年9月28日、下関市の選定した同市内の有力な民間企業各社にあてて、本件会社設立のための発起人会招集の案内文を同市長名で発送した上で、これらの企業を訪問したり、説明会を開催するなどして理解を求めた。そして、同年10月12日、下関市及び民間企業代表者8名により、本件会社の発起人会が開催されて定款も作成され、同年11月2日、その設立総会が開催され、本件会社の設立に至った。

2 本件会社の設立後の状況

(1)本件会社は、前記の経過から地元の関釜フェリー及び釜関フェリーが本件事業への協力に消極的となったため、平成3年初めころ、大阪市に本社のある関西汽船に対し、本件船舶の傭船申込みをし、本件事業への協力を強く要請した。これに対し、関西汽船は、本件会社が運航経験のない会社であり、収益性について不安定要素が多く、しかも、右傭船に強い難色を示していた本件船舶の共有者である加藤汽船の了解を得るためにはその持分を借り受けて自ら同社に傭船料を支払わなければならない事情もあることから、本件会社による傭船料の支払に強い懸念を示し、本件事業を主導する下関市に対して同市がその履行について最終的な責任を負うことを確約する旨の文書を要求した。そこで、泉田市長は、平成3年2月19日、関西汽船に対し、本件傭船契約の締結のために、「今回関西汽船株式会社、加藤汽船株式会社共有の「ジェット8」を日韓高速船株式会社が傭船するにあたり、4年間の傭船期間及び傭船料の支払については、同社に対し契約条項を忠実に履行するよう強力に指導するとともに、万一問題が生じた場合は、同社とともに責任をもってその解決に努力致します。何卒、日韓高速船株式会社の経営は、下関市の事業と一体と考えておりますことなどをご勘案いただき、格別のご高配のほど宜しくお願い申し上げます。」と記載した本件確約書を送付した。この本件確約書は、泉田市長の指示を受けた下関市の総務部国際交流課の幹部が起案し、「日韓高速船傭船に伴う確約書について」との件名の下に同市の市長・助役・総務部長ほか6名の決裁を経た取扱注意の公文書であり、泉田市長の署名がされ、その公印も押されている。

そして、関西汽船は、本件確約書の送付を受けて、同年3月29日、本件会社との間で、本件傭船契約を締結した。右契約の締結に際して、関西汽船は、前記のとおり本件船舶の共有者である加藤汽船の了解を得るためにその共有持分を借り受け、本件会社から受領する傭船料の中から加藤汽船に対して右共有持分の割合に相当する傭船料を支払うことを同社との間で約した。

(2)下関市の本件会社への出資比率は、設立当初は22・42パーセントであったが、平成3年8月に行われた増資(第1回増資)の際、同市が新株を引き受けなかったので、その比率は、11・91パーセントとなり、他方で、山口県が新株を引き受け、その出資比率が7・15パーセントとなったため、公共団体からの出資比率は、合わせて19・06パーセントとなった。さらに、平成4年4月28日の増資(第2回増資)でも、下関市は新株を引き受けておらず、その出資比率は10・25パーセントに減少する一方で、山口県の出資比率は10・25パーセントとなり、その結果、公共団体からの出資比率は、合わせて20・5パーセントとなった。

なお、本件会社の設立時の出資額は、下関市5000万円、本件6社合計1億6000万円(5000万円と3000万円各1社ずつ、2000万円4社)、山口銀行1000万円、山口合同ガス株式会社200万円、日隈個人100万円であり、資本金合計2億2300万円で本件会社を発足させている。

(3)本件会社の組織は、設立当初は、泉田市長が代表取締役会長(市長の交替に伴い、平成3年5月30日以降、控訴人が同市長に代わって就任した。)に、日隈が代表取締役社長にそれぞれ就任し、その他の取締役には、下関市職員1名と本件会社に共同出資した民間企業(本件6社を含む。)の各取締役らが、監査役には、同市の職員が就任し、その後も、本件会社の役員中における市長を含む同市の職員の数は3名のまま推移したが、同市から本件会社に派遣されていた他の職員の数は、当初の2名から後に3名となった。

そして、平成4年10月20日、日隈及び控訴人は、本件会社の代表取締役社長及び会長をそれぞれ辞任し、代わって、下関市の助役であった内田昊治(以下「内田」という。)が同社の代表取締役社長に就任した。

3 本件補助金の交付の経緯

(1)本件会社は、平成3年7月31日、高速船の運航を開始したが、本件船舶が航行区域を沿海区域(限定)とする船を国際航路用に改造したもので、玄界灘を航行するに適しないという事情等から欠航が多く、当初から経営は厳しかった。そこで、本件会社は、運転資金調達のため、前記各増資のほかに、原判決別紙2の1及び2(1)のとおり、下関信用金庫、山口銀行及び豊浦信用金庫から本件借入金合計3億8000万円を借り入れるとともに(本件借入金に係る連帯保証及び信用保証の状況は、後記(3)掲記のとおり)、下関信用金庫及び山口銀行から合計8億円を借り入れ、平成3年9月27日には、下関市議会が、右8億円について、下関市地域活性化資金融資(制度融資)として同市が損失補償する旨の補正予算案を可決した。

ところで、本件会社は、平成4年6月20日から高速船を小倉港にも寄港させたが、業績は好転せず、同月28日には、当期損失9億1100万円を計上するに至り、同年9月末における消席率は22・69パーセント、就航率75・93パーセントと低迷した。

これに対し、下関市議会は、同年9月28日、財政調整基金の繰入金を財源とし、下関市地域活性化事業資金貸付(直接融資)として同市が本件会社に合計10億円を直接貸し付ける旨の補正予算案を可決した。もっとも、下関市議会総務委員会は、右補正予算の議案の採択に際して、財政的・社会的な影響を懸念し、同市の本件会社に対する融資は当該年度限りとする旨の要望を付している。

しかるに、本件会社は、その後も、運航を続けるにつれて赤字が累積する状態が続き、遂に、同年12月1日をもって高速船の運航を休止するに至った。

(2)本件会社は、高速船の運航休止に当たり、関西汽船に本件船舶の返船を申し入れたところ、関西汽船は、本件船舶が外航用に改装済みであるため、返船されても遊休船になること、本件傭船契約に中途解約の条項が設けられていないこと等を根拠にこれを拒絶した。また、関西汽船は、加藤汽船から、残余の契約期間に係る持分相当の傭船料4億円余の支払を求める訴訟を提起され、同社に傭船料約4億円を支払うことで訴訟上の和解を余儀なくされたため、本件会社に対し、右契約に基づき、残余の契約期間に係る傭船料・損害金等合計13億3300万円余の支払を請求した。これを受けて、本件会社及び下関市の各担当者は、右傭船料・損害金等の負担の減額を求めて関西汽船と交渉を続けたが、関西汽船は、本件会社に対して右傭船料・損害金等の支払を厳しく督促し、下関市に対しても、本件確約書の存在を根拠に、同市が責任をもって解決に努力する旨の約束の実行を要請する催告状を送付した。

そして、本件会社の代表取締役(下関市助役)内田が中心となって関西汽船と右交渉を重ねた結果、平成6年3月10日、本件会社が関西汽船に清算解決金4億6500万円を支払うことにより、本件傭船契約を合意解除する旨の合意が成立し、その旨の確認書が作成され、同月28日、その旨の覚書が交換された。その結果、関西汽船は、加藤汽船に対する傭船料の支払額約4億円を控除した約6500万円をもって改装済みの本件船舶を引き取り、自己の費用をもって保管・維持せざるを得なくなった。

本件会社の売上げ及び収益は、高速船の運航を休止した平成4年12月1日以降皆無の状態となり、右当時の本件会社の代表取締役内田は、かかる状況の下で右清算解決金を関西汽船に支払うためには同市からの補助金以外に資金捻出の方法がなく、従前同市の主導の下に、同市が責任をもって問題の解決に努力する旨の同市長名の本件確約書まで差し入れて本件事業への協力を取り付けた経緯から、同社との交渉により最大限の譲歩を得た右清算解決金の限度では、同市の責任において本件事業の債務整理を行い事態を解決することが、市政に対する信頼を維持するために必要であり、公益に合致すると考え、平成6年3月10日、当時の下関市長であった控訴人に対し、その旨を告げて、右清算解決金の支払のために第1補助金の交付を要請した。

(3)本件会社の負債総額は、同月13日当時、金融機関からの借入金21億8000万円と前記本件傭船契約の清算解決金4億6500万円の合計約26億5000万円であった。そして、右借入金の内訳は、原判決別紙2のとおりであり、これらのうち、直接融資10億円は下関市が直接貸し付け、また、制度融資8億円は同市の損失補償付きであり、同市が責任を負担しないものは本件借入金3億8000万円であった。

本件借入金3億8000万円の融資について当初本件会社及び下関市から要請を受けた金融機関は、本件会社の収益性及び支払能力への懸念から、融資の条件として連帯保証人の確保を求め、①山口銀行の1億円の融資については当時の本件会社の代表取締役会長であった泉田市長の連帯保証、②下関信用金庫の2億円の融資については本件6社の連帯保証、③豊浦信用金庫の8000万円の融資については山口県信用保証協会(山口県の外郭団体)の信用保証及び当時の本件会社の代表取締役社長である日隈の連帯保証を得た上で、各融資に応じたものであり、右①の融資については、泉田市長の代表取締役会長退任に伴い、山口銀行の意向を受けた下関市側の依頼により、当時の代表取締役社長の日隈が泉田市長の連帯保証を引き継いだものである。右①の連帯保証の引継ぎの際、当時の下関市の田中総務部長は、山口銀行の要請で代表取締役の連帯保証を維持する必要があり、当時の代表取締役会長の控訴人では資産面で難点があり同銀行の審査が通らないため、相応の資産のある代表取締役社長の日隈に連帯保証の引継ぎを依頼し、同市が責任をもって対処するので保証人には迷惑はかけないからと告げて同人の了承を得るとともに、右③の連帯保証の際にも、田中総務部長が、同様の趣旨を告げて日隈から右連帯保証について了承を得た。また、右②の本件6社の連帯保証は、下関信用金庫の意向に沿って、田中総務部長から依頼を受けた当時の代表取締役社長の日隈が、本件会社の設立時の共同出資者で同社に取締役を派遣していた本件6社にこれを依頼し、田中総務部長の右同様の発言を伝えてその了承を得たものである。もっとも、本件会社の借入金債務の支払に問題が起きたときは同市が責任をもって対処する旨の田中総務部長の右発言は、口頭のものにすぎず、その内容を書面化した文書の差入れは一切行われていない。また、いずれの連帯保証人も、本件会社から保証料の支払は受けていない。

そして、本件会社の代表取締役内田は、前述の状況の下で本件会社には右借入金の返済能力がなく、従前下関市の主導の下で、同市が責任をもって対処するので保証人に迷惑はかけないからと要請して連帯保証の了承を取り付けた経緯から、かかる連帯保証人らに本件借入金3億8000万円の負担をさせることは、同市への信頼を裏切ることになるので、右借入金に関しても、同市の責任において事態を解決することが、市政に対する信頼を維持するために必要であり、公益に合致すると考え、平成6年3月10日、当時の下関市長であった控訴人に対し、その旨を告げて、前記(2)の第1補助金と併せて第2補助金の交付を要請した。

ところで、右②の連帯保証人である本件6社は、当時いずれも経営・資産の状況は良好で、右2億円の連帯保証債務の各負担部分(各6分の1の3333万円余)を弁済するに足りる十分な資力を有しており、主債務者である本件会社が運航休止により支払不能の状態に陥った後、各社から本件会社に派遣された取締役らの中には、各社で右負担部分の金額を負担してもよいとの意見を述べる者もいた。また、右①及び③の連帯保証人である日隈も、融資・保証時の金融機関の審査に堪える相応の資産があり、本件会社から代表取締役社長として相応の役員報酬(当初は年額1800万円、その後年額1200万円、600万円と減額)を受領しており、本件会社が運航休止により支払不能の状態に陥った時点で、自身にも連帯保証の負担がかかっていることを心配していた(なお、山口銀行及び豊浦信用金庫の貸金債権又は山口県信用保証協会の求償金債権が日隈の資力の不足により一部回収不能となり損金処理されたとしても、各金融機関の資産状況、既払の利息(同銀行1612万円余、同信用金庫1039万円余)等を併せ考えると、右程度の貸倒れ等により、右当時の各金融機関の経営に重大な影響を及ぼすおそれがあったものとは到底認められない。)。そして、右補助金交付の要請に先立って、本件会社及び下関市の各担当者から、本件6社及び日隈に対して応分の負担を求める折衝は一切行われておらず、また、右相当額の利息等の支払を受けてきた本件会社の共同出資者である同銀行及び同信用金庫並びに山口県(本件会社の共同出資者)の外郭団体である同信用保証協会に対して本件借入金(求償金)債務の元本及び利息の減額を求める交渉も別段行われていない。

なお、本件借入金合計3億8000万円の元本に対する利息は、第2補助金による元本弁済前(平成6年3月分まで)の期間については全額の合計5182万円余が支払われ、将来の利息の支払につき最大限の交渉の努力を求める市議会の要望(後記(5))を踏まえた第2補助金交付後の本件会社及び下関市の各担当者の交渉により、各金融機関から同市に対する合計3900万円の寄付(下関信用金庫1500万円、山口銀行2000万円、豊浦信用金庫400万円)という形式により(各金融機関の税法上の処理の関係で右形式が採られた。)、既払利息の一部に相当する金額(本件会社の運航休止時から第2補助金による元本弁済時までの期間にほぼ相当する金額)が同市に返還された。

(4)本件会社の代表取締役内田から右(2)及び(3)の各補助金交付の要請を受けた控訴人は、内田と同様の考え方に立って、下関市平成6年第1回定例市議会に、右(2)の4億6500万円及び右(3)の3億8000万円の合計8億4500万円の金員を、本件会社に対する本件補助金として交付する旨の補正予算案を上程し、同年3月28日その可決を得て、同月31日に本件補助金の交付決定(支出負担行為)及び経費支出伺いの決裁(支出命令)をし、同年4月14日に第1補助金が、同年5月25日に第2補助金が、それぞれ本件会社に交付された。これを受けて、本件会社は、前記清算解決金を関西汽船に、本件借入金を各金融機関にそれぞれ弁済した。

(5)右平成6年第1回定例市議会における右補正予算案の審議において、下関市(内田助役)からは、同市が主導的に関係企業等に協力を要請して公益性の高い本件事業を推進してきた経緯から、同市の責任において事態を解決することには公益上の必要性がある旨の説明がされ、また、右補正予算案の議案を審査した総務委員会の委員長からは、①第1補助金について、下関市が本件確約書に基づく責任を追及された場合の事態の決着の見極めは極めて困難であり、放置すれば利息はふくれ上がるので、補助金の交付をもって決着を図るのが得策であって、関西汽船との交渉によりぎりぎりの線で減額を取り付けた前記清算解決金の限度での支出はやむを得ない旨の説明がされ、②第2補助金について、融資の際の連帯保証人は下関市の強力な要請によるものであったことから、同市の責任は極めて重く、従前支払われてきた利息の今後の支払については金融機関との交渉の余地があるので、その減額について最大限の努力方の要望を付した旨の説明がされた。これに対し、議員の間からは、第2補助金との関係で連帯保証人の責任を指摘する質疑に加えて、補助金全体について公益上の必要性を欠くとして反対の意見も出されたが、最終的には賛成多数で右補正予算案が可決された。

もっとも、右定例市議会の審議に先立つ総務委員会における議論では、委員(議員)の間から、特に第2補助金支出の必要性について、既に合計5182万円余の利息の支払を受けている金融機関及び本件6社等の連帯保証人との関係で、本件借入金の元本全額を補助金で補償することは、市民の税金で特定の企業等の利益まで補償することになり、不当であるとの強い異論が提起され、第1補助金と第2補助金は区別して考え、前者のみに限定して議案を採択すべきであるとの意見も主張され、数回の審査会議を重ねても意見が対立してまとまらず、最終的には賛成多数で原案どおり議案が採択されたが、議案の採択に際しては、第2補助金の関係で、将来の利息の支払について金融機関との交渉に最大限の努力を求める旨の要望が付されている。

また、本件補助金の交付に関しては、右定例市議会での右補正予算案の審議中に、自治省財政局指導課から「将来の財政への影響を十分考慮して慎重に行ってほしい。全部行政がかぶるのはいかがなものか。」との疑問が投げかけられ、その旨の新聞報道がされている。

(6)右の諸手続を経て交付された第1補助金4億6500万円及び第2補助金3億8000万円の合計8億4500万円は、右平成6年第1回定例市議会において補正された下関市平成5年度予算の歳出合計856億円余の一部として、同市の積立金の処分(財政調整基金の取崩し)による繰入金を原資として支出されたものであり、本件補助金支出後の財政調整基金の残高は301億円余であった。また、平成5年度の下関市監査委員による下関市一般会計及び特別会計決算並びに基金運用状況の審査意見書には、同年度の経常収支比率は79・2パーセントで、標準的とされる70ないし80パーセントの範囲内を維持しており、実質収支は19億5129万円余の黒字となり、剰余の一部として10億円が財政調整基金に積み立てられるなど、「収支均衡の健全な財政運営がなされている」との記載がされている。

二 争点1(本件補助金の交付に係る控訴人の財務会計行為の適法性)について

1 補助金交付の適法性に関する判断基準

地方自治法232条の2は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」と規定しているところ、地方公共団体の長は、地方自治の本旨の理念に沿って住民の福祉の増進を図るために地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を担う地方公共団体の執行機関として、住民の多様な意見及び利益を勘案し、補助の要否についての決定を行うものであり、その決定は、事柄の性質上、当該地方公共団体の地理的・社会的・経済的事情及び各種の行政施策の在り方等の諸般の事情を総合的に考慮した上での政策的判断を要するものであるから、公益上の必要性に関する判断に当たっては、補助の要否を決定する地方公共団体の長に一定の裁量権があるものと解される。他方で、地方自治法232条の2が地方公共団体による補助金等の交付について公益上の必要性という要件を課した趣旨は、恣意的な補助金等の交付によって当該地方公共団体の財政秩序を乱すことを防止することにあると解される以上、右裁量権の範囲には一定の限界があり、当該地方公共団体の長による公益上の必要性に関する判断に裁量権の逸脱又は濫用があったと認められる場合には、当該補助金の交付は違法と評価されることになるものと解するのが相当である。そして、地方公共団体の長が特定の事業について補助金を交付する際に行った公益上の必要性に関する判断に裁量権の逸脱又は濫用があったか否かは、当該補助金交付の目的、趣旨、効用及び経緯、補助の対象となる事業の目的、性質及び状況、当該地方公共団体の財政の規模及び状況、議会の対応、地方財政に係る諸規範等の諸般の事情を総合的に考慮した上で検討することが必要であると解される。

なお、地方財政法4条1項は、「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」と規定しているところ、地方公共団体が出資・出捐を行っている第三セクター方式の株式会社の経営悪化に伴う債務整理に係る公的支援の在り方に関しては、平成11年5月20日付けで自治大臣官房総務審議官から各都道府県知事及び各指定都市市長あてに発出された「第三セクターに関する指針について」と題する自治省通知(同年自治政第45号)において、第三セクター自体は法的に独立した事業主体であり、その債務について地方公共団体が出資者として負う法的な責任はあくまでも出資の範囲内(有限責任)であることから、地方公共団体は、出資の範囲内の負担、損失補償契約に基づく負担又はあらかじめ定められたリスク分担に基づく負担を負うにとどまるのが原則であり、右有限責任の範囲を超えた損失補償契約等の債務負担行為の設定は、将来の財政運営への影響を考慮して、真にやむを得ない場合に限定し、地方公共団体が過度の負担を負うことのないようにすべきである旨の指針が定められており(甲30)、右通知に係る指針は、本件補助金の交付後に発出されたものではあるが、地方財政法4条1項の趣旨に則した地方財政を監督する機関の指針として、本件補助金の交付に係る裁量権の逸脱又は濫用の有無の判断に当たって参考となるものということができる。

2 本件事業の目的・性質等

そこで、本件事業の目的・性質等についてみるに、前記1認定の事実関係に徴すると、日韓高速船による海上輸送を業務とする本件事業は、国際交流等の促進による下関市の経済・産業の発展・振興等の公益的な目的の下に、日韓高速船の就航の実現を求める市議会の決議や市民5万6168名の署名による要望を受けて、その実現への決意を市議会で宣言した市長が自ら運輸省、国会議員、韓国関係当局、山口県等に協力を求め、下関市が民間企業・金融機関等に出資・融資等による資金提供を懇請し、同市が中心となって設立準備手続を進めた官民共同出資の第三セクターによって推進・実施されたものであり、本件会社の構成も、市長又は助役が自ら代表取締役(会長又は社長)に就任し、同市の幹部・職員らが派遣されて経営に実質的に参画するなど、同市の主導の下に推進された公益性のある事業であったと認めるのが相当である。そして、かかる事業推進の経緯等に照らすと、下関市の要請を受けた複数の民間企業等による共同出資の結果、本件会社への同市の出資比率が4分の1(監査委員による監査の要否の基準(地方自治法199条7項、同法施行令140条の7第1項))以下にとどまっていたことの一事をもって、本件事業における下関市の主導性及び事業自体の公益性を否定することはできないものというべきである。JR9州の前記競合事業の計画が先行したこともあり、本件事業の収益性・採算性に対する懸念等から、民間企業や金融機関も本件事業への参画には消極的であって、設立準備作業が難航する中で、下関市の経済・産業の発展・振興等を標榜する同市の強い要請によりようやく関係各方面の協力を取り付けた一連の経緯にかんがみると、本件事業における同市の主導性は高いものであったということができる。

他方で、前記認定のとおり、下関市の本件会社への出資比率は、設立時に22・42パーセント、増資後は10・25パーセントにとどまっていたものであり、本件会社の経営悪化に伴う債務整理における補助金の交付について公益上の必要性の有無に関する市長の判断の適否を検討するに当たっては、事業の廃止に伴う債務整理に対する公的支援という事柄の性質上、右に述べた本件事業における市の主導性及び事業自体の公益性と、右有限責任の範囲を超える公的負担の限界とを相互に勘案した上で他の諸事情を総合考慮して検討することが必要となるものと解される。

3 第1補助金の交付に係る裁量権の逸脱又は濫用の有無

まず、第1補助金の交付につき裁量権の逸脱又は濫用があったといえるか否かについて判断するに、前示のとおり、関西汽船は、下関市の主導の下に本件事業への協力を強く要請され、本件会社の収益性及び支払能力に対する強い懸念から当初右事業への参画に消極的であったが、同市から本件会社の傭船料等の支払に問題が起きたときは同市が責任をもって解決に努力する旨の下関市長(泉田市長)名の本件確約書(同市の幹部の起案及び市長の決裁を経て、市長の署名・公印を付したもの)が交付されたため、これを信頼して本件傭船契約の締結に応じ、その結果加藤汽船に対して残余の契約期間に係る約4億円の傭船料の支払を余儀なくされた経緯があり、かかる状況の下で同市が右市長名の本件確約書の文言を反故にして右傭船料等の損失全額を取引先の関西汽船に負わせることは、右契約締結の経緯及び右損失に係る紛争の状況等に照らし、本件確約書に基づいて同市の責任を糾弾され、市政に対する社会的信頼の失墜を招き、将来にわたる各方面からの同市への協力が得られなくなるおそれがあったことを否定することができず、かかる観点から市政に対する社会的信頼を保持する目的で、本件会社及び下関市の各担当者による関西汽船との再三の減額交渉により、本件会社が右契約上の義務として請求されていた傭船料・損害金等の負担額13億3300万円余につき大幅な減額を取り付けた後、清算解決金4億6500万円の限度で第1補助金の交付を行ったことについては、本件事業における下関市の主導性及び事業自体の公益性、当時の同市の財政の規模及び状況(前記13(6))、市議会の対応(同3(5))等の諸事情を併せて考慮すれば、地方財政に係る諸規範、同市の本件会社に対する従前の融資状況等を勘案しても、当時の状況の下でこれを公益上の必要性があると控訴人が判断したことに裁量権の逸脱又は濫用があったとまでは認められないものというべきである。また、本件補助金の交付は、前示のとおり下関市の積立金の処分(財政調整基金の取崩し)による繰入金をその財源に充てたものであり、右積立金の処分は、地方財政法4条の4第3号にいう「必要やむを得ない理由」によるものであることを要するところ、右要件の判断に関しては、右公益上の必要性の要件と同様に、事柄の性質上、処分の要否を決定する地方公共団体の長に一定の裁量権がある一方で、右裁量権の範囲には一定の限界があると解されるが、右諸般の事情を総合的に考慮すれば、当時の状況の下で第1補助金の支出のために右積立金の処分をすることに「必要やむを得ない理由」があると控訴人が判断したことについても、裁量権の逸脱又は濫用があったとまでは認められないものというべきである。

右のとおり、本件傭船契約の合意解除に際し、本件会社及び下関市の各担当者は、関西汽船との折衝により、本件会社が右契約上の義務として請求されていた傭船料・損害金等の負担額13億3300円余を大幅に減額する努力を行っており、関西汽船は、右清算解決金4億6500万円から加藤汽船に対する傭船料の支払額約4億円を控除した約6500万円をもって改装済みの本件船舶を引き取り、自己の費用をもって保管・維持せざるを得なくなったもので、結果的には関西汽船の本件会社に対する右契約に基づく右傭船料・損害金等の債権の大半を失うに至っている以上、右清算解決金の支払は、本件事業の廃止に伴う関西汽船の損失を一定の限度に抑えたというにとどまり、被控訴人らの主張するように同社に不当な利益をもたらすものということはできない。被控訴人らは、本件傭船契約における傭船料自体が不当に高額なものであり、既払の傭船料によって右各社は不当な利益を得ている旨主張するが、本件全証拠によっても、本件傭船契約における傭船料がそれ自体不当に高額であると認めるには足りず、右主張は採用することができない。

また、被控訴人らの指摘に係る第1補助金交付の約1年9か月後にされた本件船舶の売却による利益の有無及び額に関しては、本件傭船契約の合意解除の当時に右売却が予期されていたものと認めるに足りる証拠はなく、第1補助金交付の適否に関する前示の判断を左右するものではない。

また、本件確約書が法的には拘束力のないものである(法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律3条参照)ことは、被控訴人らの指摘するとおりであるが、他方で、前示の事実関係によれば、下関市長の署名・公印の付された本件確約書は、その内容・形式の両面において、本件会社の収益性及び支払能力に対する強い懸念から本件傭船契約の締結に消極的であった関西汽船が右契約の締結に応ずるに至った決定的な要因であったといえる以上、当時の状況の下で下関市の負担において市政に対する社会的信頼を保持する必要性の有無を判断する上で、本件確約書の存在がその必要性を肯認する方向に作用する諸事情の1つであることは否定することができないものと解される(もっとも、前記「第三セクターに関する指針について」と題する自治省通知(平成11年自治政第45号)の指摘に照らしても、地方公共団体の執行機関がその出資・出掲に係る第三セクターの取引先等に対して将来の紛争の原因となる右のような確約書を交付することは厳に戒められるべきことは、いうまでもない。)。

なお、証拠(乙22の1及び2、証人泉田芳次)及び弁論の全趣旨によれば、平成2年10月25日開催の下関市議会総務委員会の質疑において、泉田市長は、本件会社が大きな赤字を出して破たんした場合の処理に関する質問を受けて、「そのときにならなければ言えないが、一般の商法で動いているわけだから、それで処理されていくというようにお考えいただきたい。」と答弁しているが、これは、本件会社の設立直前にまだ経営破たんという事態を全く想定していなかった時点で、委員(議員)の質問に答えて、仮定の話として一般論を述べたものであることが認められ、自ら本件確約書を差し入れた関西汽船に対する十数億円の傭船料等の債務が未払のまま本件会社が運航休止に至る事態まで想定したものではないと解されるので、右答弁は第1補助金交付の適否に関する前示の判断を左右するものではない。

以上のとおり、第1補助金の交付に係る控訴人の財務会計行為に関しては、これを違法と評価することはできない。

4 第2補助金の交付に係る裁量権の逸脱又は濫用の有無

次に、第2補助金の交付につき裁量権の逸脱又は濫用があったといえるか否かについて判断するに、一般に、主債務者の借入金債務について連帯保証人となる場合に、主債務者から、保証人には迷惑をかけないからと依頼されてこれを引き受けた場合でも、連帯保証人となった以上、法的には全面的な支払義務を負うものであり、債権者に対する関係で右の経緯は何ら宥恕されるべき事情とならないことは、通常人はもとより、特に企業家であれば当然に承知している事柄というべきである。しかも、前示のとおり、本件会社に取締役を派遣していた本件6社は、下関信用金庫に対する連帯保証債務(2億円)の各6分の1の負担部分を分担して履行する十分な資力があり、各社から派遣された右取締役らの中には、各社で右負担部分の金額を負担してもよいとの意見を述べる者もあったのであり、日隈も、保証契約当時の本件会社の代表取締役社長として自らの連帯保証責任を認識しており、本件の融資・保証の経緯、本件会社と山口銀行・豊浦信用金庫(共同出資者)及び山口県信用保証協会(共同出資者である山口県の外郭団体)との関係、既払の利息(同銀行1612万円余、同信用金庫1039万円余)、補助金交付後の利息に係る交渉結果、日隈の役員報酬額(当初は年額1800万円)及び資産等の諸事情に照らすと、仮に、本件会社及び下関市とこれらの金融機関との間で真摯な減額交渉が行われていれば、相応の金額の一部弁済で合意に至った可能性の存在を否定することはできない。また、日隈の個人保証に係る各金融機関の貸金債権又は求償金債権が同人の資力の不足により一部回収不能となり損金処理されたとしても、それは、十分な担保を確保しなかった各金融機関自身の責めに帰すべき事柄というべきである(前示のとおり、各金融機関の資産状況及び既払利息の額等に照らすと、右程度の貸倒れ等により、右当時の各金融機関の経営に重大な影響を及ぼすおそれがあったものとは到底認められない。)。したがって、本件会社に取締役を派遣していた本件6社及び本件会杜の代表取締役社長の地位にあった日隈が自ら連帯保証人の地位に就いた以上、市職員(総務部長)の前記発言を踏まえて連帯保証に応じた経緯があるとしても、これらの連帯保証人らに応分の負担を負わせたからといって、直ちに下関市の責任を糾弾され、市政に対する社会的信頼の失墜を招き、将来にわたる各方面からの同市への協力が得られなくおそれがあったとはいえず、本件会社及び下関市の各担当者において、これらの連帯保証人らに応分の負担を求める交渉を行わないばかりか、相当額の利息(合計5182万円余)等の支払を受けてきた各金融機関との減額交渉も行わないまま第2補助金の交付要請がされるに至った本件の事実関係に徴すると、もはや回収不能となることが明らかな同市の本件会社に対する前記合計18億円の制度融資及び直接融資に加えて、本件借入金の元本合計3億8000万円全額の保証債務を第2補助金の交付により更に同市に肩代わりさせたことについては、地方財政に係る諸規範、同市の本件会社に対する従前の右融資状況等を併せて考慮すれば、本件事業における同市の主導性及び事業自体の公益性、当時の同市の財政の規模及び状況(前記13(6))、市議会の対応(同3(5))、補助金交付後の利息に係る交渉結果(同3(3))、各連帯保証人の出資金額(同2(2))及び保証料の欠如(同3(3))等の諸事情を斟酌しても、なお当時の状況の下でこれを公益上の必要性があると控訴人が判断したことに裁量権の逸脱があったものといわざるを得ない。

ところで、控訴人及び参加人は、本件会社の債務を破産法のみによって処理することになれば、第三セクター方式を採用している全国の地方公共団体に多大な迷惑を投げかけ、その協力者に重大な不信感を与えることになる旨主張するが、本件の事案において右のような立場にあった連帯保証人らに応分の負担を負わせることが、直ちに全国の地方公共団体に迷惑を投げかけ、その協力者に不信感を与えるものということはできず、右主張は採用することができない。

また、控訴人は、本件補助金を交付しなかった場合には、既に本件会社が行った小口債権者に対する弁済が優先弁済として問題とされ、その結果、それらの債権者に影響が及ぶおそれがあった(破産による平等弁済ということになれば、小口債権者に対する弁済は事実上不可能である。)旨主張し、証拠(乙77、控訴人本人(当審))によれば、本件船舶の運航休止後、本件会社は、大口債権者に優先して地元の中小企業等の小口債権者に対する弁済に努め、平成6年3月ころまでにこれを完済した上で、右3億8000万円の本件借入金と前記4億6500万円の清算解決金の処理のために本件補助金の交付を控訴人に要請したことが認められるが、一般に、資力的に可能な範囲で小口債権者に対する弁済に努めた上で、弁済の不可能な大口債権については法的な倒産処理にゆだねたからといって、直ちに小口債権者に対する弁済が否認権等の対象となるものではなく、本件において本件会社の小口債権者に対する弁済につき詐害性等を認めるに足りる証拠はない以上、控訴人の右主張に係る小口債権者の保護の観点は、第2補助金の適否に関する前示の判断を左右するに足りるものではない。

さらに、控訴人は、関西汽船の元代表取締役社長であった日隈は泉田市長を始めとする下関市幹部の強い懇請により本件会社の代表取締役社長就任を引き受け、形式だけの保証人で同市が責任を持つから絶対に迷惑をかけない旨の同市の田中総務部長の言葉を信頼して債務保証に応じたもので、日隈には1億8000万円もの債務を弁済する資力もなく、同市が主導的に本件事業への協力及び右事業に不可欠の融資の保証を依頼した経緯から、同人個人に右巨額の負担を負わせることは、市政に対する社会的信頼を失い、将来にわたる市政に対する各方面の協力が得られなくなるので、市政に対する社会的信頼を保持するために同市が補助金により右債務を負担したことには公益上の必要性がある旨主張する。しかしながら、仮に右主張のような経緯があったとしても、本件会社及び下関市の各担当者において、本件会社の経営責任を負うべき代表取締役社長として相当額の役員報酬を取得し、自ら連帯保証人の地位に就いた日隈との関係で、何ら応分の負担を求める交渉を行わず、また、前示のとおり減額交渉の材料となる諸事情が存したにもかかわらず、相当額の利息等の支払を受けてきた各金融機関との減額交渉も行わないまま第2補助金の交付要請がされるに至った本件の事実関係に徴すると、もはや回収不能となることが明らかな同市の本件会社に対する合計18億円の制度融資及び直接融資に加えて、借入金の元本全額の保証債務を安易に同市に肩代わりさせたことは、経営責任を負うべき代表取締役社長の保証責任という事柄の性質上、前示の地方財政に係る諸規範等に照らし、財政秩序の保持等の観点から、法令上許容される裁量権の範囲を逸脱したものと評価せざるを得ない(なお、証人日隈は、本件会社の代表取締役社長在任中、2重生活や仕事上の出費のため一切利得は受けていない旨供述し、乙74の陳述書中にも同旨の記述があるが、これを裏付ける客観的な証拠はなく、弁論の全趣旨等に照らし、右供述等はにわかに採用することができない。)。

したがって、第2補助金の交付に係る控訴人の財務会計行為は、地方自治法232条の2に違反し、法令上これを違法と評価すべきものといわざるを得ず、市議会において右補助金の支出に係る補正予算案が採択されたからといって、当該財務会計行為の違法性が阻却されるものではない(最高裁昭和37年3月7日大法廷判決・民集16巻3号445頁参照)。

5 以上のとおり、本件補助金のうち、第2補助金の交付に係る控訴人の財務会計行為は違法と評価されるので、控訴人の当該行為につき故意又は過失の有無を検討することとする。

三 争点2(控訴人の故意又は過失の有無)について

前記1認定の事実によれば、控訴人は、下関市長として、また、約1年半にわたり本件会社の代表取締役会長を兼務した者として、本件借入金合計3億8000万円に係る連帯保証人らの法的責任及びその履行可能性、本件会社の各金融機関に対する利息等の支払状況、右連帯保証人ら及び各金融機関との交渉の欠如、同市の本件会社に対する従前の融資状況等の諸事情を知悉していたものと推認され、しかも、証拠(乙64、控訴人本人(原審))によれば、控訴人は、長年にわたり自治省及び地方公共団体に勤務し、同省税務局課長補佐、県総務部次長兼財政課長、同省財政局指導課長、県副知事等を歴任し、とりわけ同省財政局指導課長在任中には補助金支出等の在り方に関する地方公共団体に対する指導を担当していたことが認められ、かかる経歴と職務経験から、補助金交付及び積立金処分の要件及び在り方等について十分な知識と経験を有していたものと推認される上、前記13(5)のとおり、本件補助金の交付に関しては市議会での補正予算案の審議中に、自治省財政局指導課から「将来の財政への影響を十分考慮して慎重に行ってほしい。全部行政がかぶるのはいかがなものか。」との疑問が投げかけられていたこと等を併せ考えると、控訴人は、第2補助金の交付に係る前記の違法な財務会計行為につき、少なくとも過失による責任を免れないものといわざるを得ない。

控訴人は、前示のとおり、本件事業の実現を積極的に推進した泉田市長の後任として下関市長に就任し、右事業を引き継いだ立場にあり、従前同市が主導的に本件事業への協力を要請してきた関係者らに多大な迷惑が及ばないように対処することが市政に対する社会的信頼を保持するために必要であると考えて、本件補助金の交付を市議会に提案したものであり、当時の状況の下で同人の置かれた立場に酌むべき点があることは否定できないが、他方で、もはや回収不能となることが明らかな同市の本件会社に対する合計18億円の制度融資及び直接融資に加えて、前記連帯保証人らの保証債務を何らの交渉も経ずに同市に全額肩代わりさせることを意味する第2補助金の交付に関する限り、事業廃止に伴う債務整理と右連帯保証人らの保証責任という事柄の性質上、前示の地方財政に係る諸規範及び前記自治省財政局指導課の指摘等に照らし、市の財政秩序の保持を責務とする市長の地位にある者として、その職務上の注意義務の履行に欠けるところがあったものといわざるを得ず、前示のとおり過失による責任を免れることはできない。

四 損害額について

前記13(4)のとおり、第2補助金の交付により本件会社の各金融機関に対する本件借入金元本合計3億8000万円の弁済がされた後、将来の利息の支払につき各金融機関との交渉に最大限の努力を求める旨の市議会の要望に基づき、本件会社及び下関市の各担当者による交渉の結果、各金融機関から同市に対する合計3900万円の寄付(下関信用金庫1500万円、山口銀行2000万円、豊浦信用金庫400万円)という形式により、既払の利息合計20135182万円余の一部に相当する金額が同市に返還されており、右の経緯に照らすと、同市の取得した右3900万円の収入は、第2補助金の支出による損失と相当因果関係のある事由により生じた利益であるということができるから、これを損益相殺することとし、本件における第2補助金の交付による損害に関しては、右補助金額3億8000万円から右3900万円を控除した3億4100万円をもって損害額と認めるのが相当である。

したがって、控訴人は、下関市に対し、右3億4100万円の損害賠償義務及びこれに対する右補助金支出の後である平成6年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものと認められる。

第4 結論

以上の次第で、下関市に代位した被控訴人らの本訴請求は、本判決主文第1項の限度で理由があるから、右の趣旨に沿って原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法67条2項前段、61条、64条本文、65条1項本文、66条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・川波利明、裁判官・布村重成、裁判官・岩井伸晃)